第108話 悪人は、パシリ1号に命じる

カリンの兄であるテオ・ルーズベルトは、ヒースの一つ年上だから16歳になっていた。今や騎士団では若手のホープとして一端の騎士になっていて、しかも、騎士団長たるライナハルトに気に入られており、その娘たるマリーナと婚約している。


「これは、閣下。お戻りになられていたのですね」


そんな彼が久しぶりに戻ってきた主に呼び出されたのは、ブレンツ男爵と約束した領境への出兵に参加してもらうためだった。


「何かと妬まれているんだってな。今、その話をライナハルトとしていたところだ」


「……ご心配には及びません。その程度で潰れるのであれば、閣下のお役になど立てませぬゆえ、自分の力で対処しております」


すなわち、因縁をつけてくる連中は、一人残らず叩き潰しているとテオは言った。


「ほう……中々やるではないか。その程度で潰れる奴は確かに不要だな。これからも騎士団の浄化はテオ、その方に任せるぞ」


「御意!」


この主にしてこの騎士ありかと、隣で聞いていたライナルトは、心の底から呆れ果てた。だが、口は挟まない。テオが正式に入団して以来、騎士団の実力、規律は目に見えて向上しているからだ。


「それで、御用の向きは?」


「ああ、そうだな。……ライナハルト」


「はっ!では、説明いたします」


ライナハルトは、主の命に従って10日後に北西部の領境に出兵する件について、テオに説明した。出兵人数は50人程度。ヒースも行くが、その50人の指揮はテオに執らせるというのが呼び出した主題だった。


「わたしが……指揮官ですか?」


「そうだ。いずれはもっと大勢の兵を率いてもらうつもりだったから、初陣としては丁度良いと思ってな。無論、拒否権はそもそもないが」


「……それなら、『承知しました』以外に言えないじゃないですか」


「ん?不服なのか。まあ、それならおまえがカリーナに振られた後、何をしたのかマリーナに言うだけだが?」


「誰も嫌だとは言ってないですよ!……というか、もういい加減その話は忘れてくださいよ!」


「いやいや、忘れられんだろ。しかも、あのときの相手はイリーナとか言ったか?一字違いだからって、何度も通ったんだろ?あと、聞けば……そこの子を見どころがあると従者にしたとか」


ヒースはからかうように面白おかしく言っているが、未来の義父を前に聞かれたくない昔話を暴露されて、テオは困惑して視線をヒースとライナハルトの間で何度も行き来させた。だが、そんな彼の姿を笑ったのはライナハルトだった。


「団長……?」


「大丈夫だ。全て知っておるから安心しろ、テオ。むしろ、剣の腕だけではなく、そういう人の良さや面倒見の良い所をワシは買って婿にと申しているのだ」


但し、娘のマリーナは知らないから、結局ヒースの命に従うようにとライナハルトは言う。無論、拒否するつもりなど全くなかったから、テオは改めてヒースからの命令を拝命した。


「それで、50名の人選だが……」


今度はライナハルトが名を読み上げていく。若手もベテランもバランスよく混ざっていて、テオも異論はなかった。出立は明後日の朝ということも決まり、話はここで終わった。


「そういえば、テオ。カリンも帰っているぞ」


部屋から出ようとしたテオにヒースが声を掛けると、彼は満面の笑みで振り返った。何しろ、春休みは帰ってこなかったから、実に半年ぶりの再会である。


「あの……カリンはどこに?」


「ああ、自分の部屋にいるぞ」


「団長!申し訳ありませんが、急にお腹が痛くなって……」


「……仮病は使わんでもよい。行ってくるがいい」


「はい!ありがとうございます!!」


呆れるライナハルトを他所に、テオは物凄い速さで部屋を飛び出して行った。すると、ヒースは言った。


「そういえば……部屋には彼氏も一緒に居るということを言うのを忘れていたわい」


悪戯っぽく口角を上げたヒースは、ついうっかりを強調するが、ライナハルトに呆れられてしまった。「今のはワザとですね」と突っ込まれる。


「ふふふ、妹の彼氏に嫉妬して、『お兄ちゃんのわからずや!大っ嫌い!もう顔も見たくないから出て行って』と言われるとよいのだ……」


しかし、ライナハルトの突っ込みは聞こえていない。ヒースは、重度のシスコンを患っており、妄想に余念がなかったからだ。

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