幕間 分家の子爵は、怯えながら陰謀を企む

ヴォルフェン子爵家は、3代前のルクセンドルフ伯爵の次男が分家した家である。現当主ゲルハルトは、ヒースの母ベアトリスの従弟であり、ヒースにとっては比較的近い親戚であった。しかし……


「なに!?小僧の襲撃に失敗しただと!」


……必ずしも仲が良い親戚というわけではなかった。


「どういうことだ!?百は優に超えていたはずだよな?それなのに、どうしてだ!」


「わかりません。ただ……リートミュラー侯爵家にいるお味方からの知らせによれば、今回の行程もいつものように小僧の馬車には護衛の兵があまりいなかったとのことですので、おそらくは……ブレンツ男爵の仕業かと」


伝えに来た執事は、襲撃場所がブレンツ男爵領内だったという理由だけで、さもそれを事実のように伝えた。ルクセンドルフ伯爵家のように諜報集団をかかえているわけではないのだから、他に答えようがないとも言えなくはないが……。


「おのれ……ブレンツめ!折角の好機というのに、よくも邪魔をしおって!許せん!!」


だが、その言葉を鵜呑みにしてしまったゲルハルトは、地団太を踏んで悔しがりながら、男爵を罵った。何しろ、ベアトリスが死んだという話を耳にしたのだ。あの悪魔がだ。ゆえに、あとは15歳のヒースを殺せば、伯爵家を奪うことができると信じて疑っていなかった。


すると、そのときだった。扉が開かれて、彼の妻が姿を見せたのは。


「どうした?」


流石に、本家の伯爵を殺そうとしていたことを知られるとまずいと思って、ゲルハルトはさっきまでとは打って変わったように、穏やかに応対した。


「あの……旦那様。ブレンツ男爵様からの使者が来られていますが……」


「ブレンツ男爵?」


それは、今の今まで罵っていた相手だ。それが一体何の用だと一瞬考えるが……すぐさま原因を思い当たり、顔を青ざめた。すなわち、『伯爵を不当に名乗る小僧の暗殺事件』の首謀者が自分であると知られた……そう思い込んで。


「す、すぐに行くから、丁重にお、応接室に通してくれ」


しどろもどろになりながら、ゲルハルトは妻に言うと、彼女は「わかりました」と余計なことは何も言わずに、そのまま部屋から下がって行った。相変わらず、不気味な女だなと思わないではなかったが、今はそれどころではない。


ゲルハルトは、一つ二つ大きな深呼吸をして心を落ち着かせると、使者が待つ応接室に向かった。


(大丈夫だ。捕まった連中には、幾重に人を挟んで依頼したから、足がつくはずはない……)


廊下を歩きながらも、何度も自分を言い聞かせて……。


「これは、ゲルハルト様。ご無沙汰しております」


ドアを開けて飛び込んできた視界の先に居たのは、ブレンツ男爵の右腕とも言われるハイノ・ギュンターであった。彼とは以前にいささか因縁があって、ゲルハルトの顔は歪んだ。


「何の用だ?ギュンターよ。俺は非常に忙しいんだ。つまらぬ理由なら、容赦せぬぞ」


ゲルハルトは内心ではドキドキしながらも、このときばかりは強気を崩さなかった。すると、ギュンターは説明する。領境近辺を根城にする山賊どもを潰すから、領境に兵を出してほしいと。


「それは……つまり、我が領に逃げ込ませないようにして欲しいということだな?だが、ルクセンドルフ領側に逃げた場合はどうする」


「ルクセンドルフ伯爵には、すでに話を通しております。同じように、領境に兵を出してもらうことになっておりますれば……」


あとはゲルハルトさえ承知して行動に移しさえすれば、これまで散々暴れまわってくれた山賊どもを殲滅することができるだろう。ギュンターは胸を張ってそう言い切った。


「それは頼もしいな。そういうことなら、こちらからも兵を出すことにしよう。作戦の決行は1週間後だな?」


「はい、左様にございます。それでは、当日現地にてお待ち申し上げていますぞ」


恭しくもそれだけ述べて下がって行ったギュンターを見て、ゲルハルトは一先ずホッとした表情を浮かべて、近くにあった椅子に座った。先程の様子からすると、どうやら捕まえた山賊たちから自分たちに繋がる証拠は見つからなかったらしいと。


しかし……まだ油断はできない。山賊の本拠地にはもしかしたら言い逃れができない証拠があるかもしれない。ゆえに、ゲルハルトはたくらむ。そのような事態にならないようにするためにはどうすればいいのか。


すなわち、ブレンツ男爵よりも先に山賊どもを滅ぼすということだ。

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