第107話 悪人は、過去の選択が誤りだったと気づく
「それで……エーリッヒの行方はどうだ。何かわかったか?」
妹たちと親睦を深めた後に執務室へと戻ったヒースは、待ち構えていたエリザに捜索の状況について訊ねた。しかし、その表情からあまり上手く行っていないことがわかる。
「以前住んでいたという家から移転した場所は、突き止めることができたのですが……そこも、すでに他の者が住んでいました。近所の者たちに聞き込みを行った所、1年前に母親が亡くなったとかで……」
「そうか。やはり、亡くなっていたか……」
「はい……病を患ったらしく……」
ヒースは思わず天井を見上げて、ため息をついた。ローゼマリーらの母親のことといい、なぜ、手を付けたのなら最後まで面倒をみようとしないのかと、父親の不義理に憤りを覚える。
「それで、子は……エーリッヒの方は……?」
「近所の者たちの話では、葬儀が終わって数日後にはいなくなったと。家の方も気がつけばもぬけの殻になっていたと家主が……」
「もぬけの殻?家財道具はどうしたのだ?」
「現在、古道具屋を中心に引き取った者がいないか調べておりますが……」
現時点ではまだ調べがついていないとエリザは言った。
「ロシェル司教の孤児院が動いた可能性……いや、その様子からするとそれはなかったのだな?」
「はい。お義父さまに確認したところ、そのようなことをした覚えもなければ、該当するような孤児もいないと……」
「そうか。……となると、誰かに引き取られたという可能性があるか……」
ルクセンドルフ領では、引き取り手のない孤児は教会にて保護されて孤児院で成人を迎えるまで養育する仕組みになっているのだ。ロシェル司教が知らないのであれば、答えは自ずと絞られてくる。
「揚羽蝶には、亡くなった母親の交友関係を調べさせています。もしかしたら、その中にエーリッヒ君を引き取った方がいるかもしれませんので」
「領外に出たという可能性は?あるいは、何者かに攫われたとか……」
「攫われることはないでしょう。我が領の騎士団が目を光らせていて、領内の治安は万全ですから。ただ……何らかの形で領外に出た可能性は否定できません。何しろ、我が領は関所を廃止しています。他領との出入りは自由ですからね」
そのうえで、エリザは言う。領外に出たとなれば、捜索は難しいと。
「第一、顔がわかる者が誰もいないのです。ヒース様もご存じないのでしょ?」
「そうだな。確認する方法は、父上が後日の証にと渡した我が家の家紋が入った短剣一つだ。なるほど……それでは確かに砂の中から針を探すようなものだな」
ゆえに、捜索の範囲はあくまで領内。先程エリザが言った母親の交友関係や古道具店などを調べて、何も出て来なければそこで終了する。ヒースは、ここで方針を明言した。
「それにしても……我が父上には困ったものだな……」
話がまとまったところで、ヒースは呆れたように呟いた。
「そうですね……せめて、写真の1枚でもあれば……」
「いや、そのことではない。ワシが困っているのは、父上の低能のことだ」
「ヒース様……いくらなんでも、それは……」
エリザが困ったように答えた。いくらなんでも、父親に向かってそれはいかがなものかと。しかし、ヒースは止まらない。但し、冷静に話と続ける。
「なあ、エリザよ。ワシはかつて伯父たちを手にかけて、父上をリートミュラー侯爵家の主にした。そのことは知っておるだろう?」
「はい。当時はまだ7歳でいまひとつ理解できていませんでしたが……お義母様からその話は聞いております」
「そうか。だがな……どうやら、ワシは誤ってしまったようだ。父上の器は侯爵家の主には相応しい大きさではない」
隠し子だけの事ではない。ヒースの下で急成長を遂げているルクセンドルフ領に比べて、リートミュラー侯爵領の経営は芳しくないのだ。そして、その主な原因がオットーにあるとヒースは見ていた。
「保守的な先代以来の重臣たちを御すこともできなければ、お気に入りの側近の度を越した重用。これでは、統治が停滞するのも無理はない。母上もきっと気づいているだろうが……」
嫡女であったルクセンドルフ伯爵領とは異なり、リートミュラー侯爵領では嫁ぎ先になる。余計なことを言えば、より混乱の度が増すことを恐れて、口出しを差し控えているのだろうとヒースは続けた。
「どうにかならないのでしょうか?」
エリザが心配そうにして訊ねたが、ヒースは首を左右に振った。これならば、侯爵家は殺したゲオルグに委ねた方がみんな幸せだったのかもしれないと。そのうえで……
「なあ、エリザ。いずれ、ワシは父上を強制的に侯爵家の当主の座から追い落とさねばならない日が来るかもしれない。場合によっては、トーマスも巻き込んでな……」
「ヒース様……」
それは即ち、お家騒動を意味していた。エリザも思わず言葉を詰まらせて、二の句を継ぐことができなかった。
だが、そんな彼女にヒースは念のための覚悟はしておくようにと言い残して、この部屋を去って行った。エリザはその意味を理解しつつ、それでもそのような未来が訪れないことを切に願ったのだった。
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