第106話 悪人は、妹たちと仲良くしたい

ブレンツ男爵には、準備があるので10日後に領境に兵を出すことを約束して、ヒースらは翌朝予告通りに出発。昼前に伯爵邸に到着した。出迎えた執事長のジョセフから、カリンらは既に到着していることを聞かされて、ローゼマリーとアルフォンスを連れて部屋に向かった。しかし……


「ああ……ダメ!そこは……」


「あ……ダメかい?なら、これでどうだ?」


「ちょ、ちょっと……わたし、初めてなのよ。もっと優しくしてよ……」


扉の向こう側から、耳を疑う声が聞こえてきて、ヒースを激怒させた。


「こらぁ!おまえら、なにをやっておるかぁ!」


バンと力いっぱいに扉を開けて、ヒースは二人を𠮟りつけるように言った。婚約は認めたが、二人はまだ12歳。そういうことをするには、いささか早すぎるだろうと。だが、二人は目を丸くして、首をかしげながらヒースを見る。


「あの……お兄様?何をそんなに怒られているので?」


「そうですよ。僕たちはチェスをやっていただけですよ。怒られるようなことは……」


「あ……」


カリンとアーベルの言葉と、二人の間にあるテーブルの上に置かれたチェスの盤。ヒースは自分が早とちりしたことを理解して、どうしようとエリザを見た。すると、彼女はクスクス笑いながら、カリンに言う。


「ヒース様は、今度の休みでカリンちゃんにチェスを教えようとしてらしたのですよ。だから、アーくんに先を越されて、悔しがられたのです」


そうですわよねと、エリザはさり気なくフォローをしてくれた。そのうえで、この話を誤魔化すために次の話題へと進める。すなわち、ローゼマリーとアルフォンスの紹介だ。


「え……?この子たちは、わたしの妹と弟ですか?」


「そうだ。だから、面倒を頼みた……」


「あのね、わたしカーテローゼ……いや、カリンでいいわ。あなたたちのお姉ちゃんよ」


「お姉ちゃん?わたしたちの?」


「そうよ。だから、仲良くしてくれると嬉しいな」


ヒースが頼み終える前に、カリンはそう言って二人に優しく接した。だが、ヒースは思う。この二人は難しいから、そんなに簡単に事は進むまいと。しかし……


「お姉ちゃん……カリンお姉ちゃん?」


姉のローゼマリーが親しみを込めてそう言うと、弟のアルフォンスもカリンのスカートをちょこんと摘まんで「お姉ちゃん、遊んで」と言った。


「いいわよ。それじゃ、お姉ちゃんと遊ぼっか!」


「「うん!」」


二人はこれまで見せたことのないようなとびっきりの笑顔で、カリンと共に部屋の外へ出て行ってしまった。やるせない顔のヒースを残して。


「ヒース様……」


「なぜだ……なぜ、カリンには速攻でなつく。ワシには近づいてもくれないのに……」


がっくりと肩を落とすヒースをエリザが優しく慰めていた。その光景を見つめながら、取り残されたアーベルは一歩、二歩と部屋の外に忍び足で向かっていた。居た堪れないのもあるが……無茶振りの予感を感じて。


「アーベル!」


「は、はい!」


しかし、逃げ切りに失敗して、こうして呼び止められてしまった。


「えぇ……と、お義兄さま。な、なにか……」


「大至急だ!大至急、ワシがあの二人と仲良くできるような策を考えよ!」


「は、はい!?」


予感はしていたものの、流石の無茶振りにアーベルは頭を悩ませた。だが、逆らうわけにはいかない。まずは、最も効果的であろう提案をしてみることにした。


「恐れながら、そのいかにも『魔王』な……いで立ちを改められるところから始められては……」


今のヒースは、真っ黒な軍服のような上下に真っ赤なマントを羽織り、長髪も束ねずに流していた。そして、指には髑髏の指輪も嵌めている。


「卒業された5年生の間で、そのようなファッションが流行っていることは存じておりますが……実際に恐ろしく見えますよ」


「そ、そうか。だが、最上級生として舐められないためには必要だとルドルフが……」


「しかし、もう卒業されたのですから、最上級生ではありませんよね。この機会に見直されてはいかがでしょうか?」


アーベルは思い切って、これまで密かに思っていたことをヒースに突き付けた。そうしなければ、きっとあの二人に懐かれる日は永遠に来ないだろうと付け足して。


「き、着替えてくる……」


そして、その言葉はヒースを動かした。すぐさま自分の部屋に戻っては、ごくごく貴族としては差しさわりのない衣装に着替えてから、もう一度アーベルの前に姿を見せた。


「これでよいか?」


「あとは、その長い髪を束ねましょう。清潔感が増しますので。そうしたら、一緒にカリンの所へ行きましょう」


窓の外を見れば、彼女たちは中庭に出てシャボン玉を飛ばしながら遊んでいた。準備ができれば、そこにヒースを連れて行く。それで仲良くなれるかは、神のみぞ知るところだ。

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