第105話 悪人は、接待を受ける

リートミュラー侯爵領からルクセンドルフ領までは、通常であれば馬車で3日半かかる。しかしながら、今回に限っては3日半が過ぎても、未だ辿り着いていない。


理由は、隣接するブレンツ男爵領で山賊に襲われたからだ。


「いやあ、お噂はかねがね聞いてはおりましたが……本当に容赦ないですなぁ」


もちろん、だからといってやられてしまうヒースらではない。その数は百をゆうに超えていたが、エリザと共に軽く相手をしてやり、わずか5分もたたない間にこれを鎮圧。ただ……問題になっているのは、ブレンツ男爵の歓待を断れなかったということだった。


「まあ、ワシにかかれば大したことはない。それよりも、先を急いでおるのだが……」


当初の予定では、捕らえた山賊を領主館で引き渡して、そのまま出立するはずだったのだが……


「そうおっしゃらずに。これだけのことをして頂いて、何もおもてなしをせずに出て行かれたとあっては、当家の恥にございます。せめて、一晩だけでもお泊りを」


このような感じで、ブレンツ男爵は引き留めてくるのだ。そして、初めは「昼食だけでも」と言っていたのが「夕食も」となり、ついに今の言葉で「お泊りを」となってしまっていた。ただ、夕食も終わったこともあり、流石にこれ以上は……と思って、ヒースは腰を浮かした。


すると、そんなヒースを思いとどまらせるべく男爵が切り札をきり、耳元で囁いた。


「……なんでしたら、娘を今夜おそばに」


「いらん!」


隣に座るエリザの目がギロリと向けられたような気がして、ヒースは即断で夜伽を断ったが、それでも男爵は粘り強く今日の宿を我が屋敷でと勧めてきた。夜道が危険だからと言ってきたのには笑いそうになったが、ここまでお願いされれば無下に断るのも悪いような気がしてくる。


(まあ……ローゼマリーもアルフォンスも疲れているようだし、構わぬか……)


見れば、二人は慣れぬ馬車の旅で疲れてしまったのだろう。近くのソファーで仲良く座り舟を漕いでいた。伯爵領までは4、5時間あれば着くが……気持ちよさそうに寝息を立てているのを聞けば、起こしてまでとは流石にいかない。


「わかった。それでは、今晩は世話になることにしよう」


こうして、ヒースは男爵の説得に折れて、一晩世話になることを決断した。但し、明日の朝には出立するからと念を押す。


「本当に急いでおるのだ。男爵の気持ちは嬉しく思うが、わかってもらいたい」


「それで結構です。ありがとうございます」


「だが……話してくれるのでしょうな。ワシを引き留めた本当の理由を」


ヒースの言葉に、男爵の表情が固まった。しかし、次の瞬間開き直ったかのように、口を開いた。


「いやはや、流石は当代のルクセンドルフ伯爵閣下であらせられますな。御母君も凄かったが、閣下もなかなか……。どうです?本当に娘を側室に……」


「だから、いらんと言っておるだろう!流石に空気を読んでくれ!」


エリザがいる前で、もうその話はやめてくれと言わんばかりに、ヒースが男爵に告げると、彼は笑い出した。


そして、ここからは真面目な話として、テーブルの上に地図を広げた。それは、このブレンツ男爵領と隣接する近隣領の一部を記したもの。ルクセンドルフ伯爵領もその北西部が描かれていた。


「実はですな。今日捕えていただいた山賊どもは、下っ端に過ぎないのですよ。本体はこの場所に居ましてな……」


「ほう……」


ブレンツ男爵が丸を入れた場所は、ルクセンドルフ伯爵領とヴォルフェン子爵領との境界が交わる場所の近くだった。とはいっても、山岳地帯であるから、実際に統治は及んではいない。


「つまり、あれか。討伐に乗り出して追い立てれば、領境を越えて逃げられるから我が方からも兵を出してほしいと?」


「はい。このままではイタチごっこでして……」


「なるほどのう……」


ぼんやり地図を眺めながら、ヒースは考え込んだ。仮に協力したとして、何のメリットがあるのだろうかと。


(今のところは、我が領において被害が発生したとは聞いていない。……となれば、別段放置しても、ワシには関係はないが……)


ただ、妙に引っかかるような気がした。根拠は全くなく直感的なものだったが、一流の武将は、こういうものを軽視するとあとで碌なことがないことを知っていた。


「わかった。これも何かの縁だろう。協力させてもらうことにする」


「おお!感謝いたしますぞ、閣下!」


「但し……いくらなんでも、ただではあるまいな?」


「承知しております。事が成った暁には、必ずお礼を……」


男爵はヒースの決断に深く感謝をして、作戦の詳細について説明を始めた。

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