第104話 悪人は、弟に避けられていることに気づく

次の日の朝、父親のやり方に憤ったヒースは、予定を切り上げてリートミュラー侯爵邸を出立して、ルクセンドルフ伯爵領へ向かった。別の馬車を用意して、そちらにローゼマリーとアルフォンス、その叔父のクルトを乗せて、ヒースの馬車にはエリザが同乗していた。


「てっきり、残るというのかと思ったが……」


「お義母さまがついていきなさいと。野放しにして、ソフィアさんとの間に隠し子を作られたらいけないからと言って。まあ……寂しそうにはされていましたが……」


その言葉にヒースはドキッとしてエリザを見る。すると、彼女は言う。「この国で起こっていることで、お義母さまが知らないことはない」と。つまり、ヒースがルクセンドルフ領に戻るたびにソフィアと逢瀬を重ねていることもバレているということだ。


「ま、まあ……父上のように子供は作っておらぬからな」


ヒースはそう言って、エリザに言い訳がましく、「まだ自分の方がマシだろう」と同意を求めたが……


「それも『今のところは』ということでしょう?いつできてもおかしくないと、お義母さまから……」


だから、油断することなく見張るように言われたと、エリザは笑いながら言った。だが、その目は笑っておらず、ヒースは危険を察知して話題を変えた。


「そ、そういえば、伯爵領に着いてからの段取りだが……カリンは先に帰っているはずだったな」


「はい。アーくんも一緒にですが」


二人は王都を立った後、シェーネベック領に立ち寄ってから伯爵領に向かうということになっていた。


「それなら、ローゼマリーとアルフォンスのことは、カリンに任せることにしようと思う。どうも、あの二人……ワシのことが怖いようだしな……」


昨日の初対面のあと、何かとヒースは気遣って二人に接しようとしたのだが、滲み出る悪のオーラに怯えてしまったのか、それとも別の理由なのか、反応が芳しくなかったりする。そのことに、流石のヒースも地味に傷ついていてこのような話を切り出したのだが……エリザはクスクスと笑った。


「何がおかしい?」


「いえ、ヒース様は本当に子供たちとの相性がよくないな……そう思いまして」


「なに!?」


「ほら、トーマス君とも」


「トーマス?あ……!」


その言葉に、ヒースは「そういえば」と思い返した。よくよく考えれば、弟トーマスも現在進行形で避けられていて、昨日などは食事の席にも姿を見せようとはしなかったのだ。それどころか前の年も、その前の年も……会っていないなと今更ながら気づいてしまった。


「なぜだ!ワシが一体なにをしたというのだ!?」


「……やはり、3年前の夏のことが原因では?」


「3年前?あのカエルを目の前で爆破してみせたことか?しかし、あれは……」


トーマスが「何か面白いことをして」とせがんできたからやっただけだと、ヒースは言い訳するが……エリザは首を左右に振った。


「あのとき、トーマス君は3歳でしたからね。いくらなんでも、いささか強烈だったのでは?大泣きしていましたし……」


「いや、あれくらい男の子なら普通なのでは?ワシが3歳の頃は……」


「ヒース様。こういってはなんですが……ご自身を基準で考えられるのはちょっと……。トーマス君は普通なのですから」


「なっ!?」


それでは自分が普通じゃないとでもいうのかと、ヒースはエリザに言うが……エリザは逆に驚いて見せた。「普通だと本気で思っていたのですか?」と。何しろ、初等学院では『泣く子も黙る魔王』として入学式の日から卒業式の日までの5年に渡って君臨したのだ。それを普通と言われてもと。


「それをいわれると、確かにワシは普通じゃないかもしれぬが……そんなことを今更言っても仕方あるまい。問題は、あの二人だ。どうすれば、仲良くなれる?」


「時間をかけるしかないでしょう。まずは、カリンちゃんたちに仲良くなってもらい、そこから少しずつ……。ただ、それよりも優先すべきなのは、もう一人の捜索では?」


「エーリッヒか?」


「はい。昨日のうちに、マリカに命じて捜索に当たるように指示を下しておりますが……」


果たして見つかるかは不透明。いや、生きていない可能性すら考えられる。


「手の者にも限りがありますので、無期限というわけにはいきません。今すぐとは申し上げませんが、見つからなかったときの対応は、ご検討いただけたらと」


「わかった。まずは領地に着いてから状況を確認してからになるが……そのことは心に留めておこう」


願わくは見つかって欲しいと思いつつも、エリザの現実的な進言を無視することはできない。ヒースはそのときにどうするか、馬車に揺られながら思案を重ねたのだった。

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