第103話 悪人は、父に失望する
しばらくすると、カルロスが現れて準備ができたと告げてきた。
「それじゃあ、行こうか」
オットーに促されて、ヒースはその後をついていく。ベアトリスとエリザはついてこない。二人はこれから母娘水入らずで話をするから、隠し子のことは勝手にやってくれというのがベアトリスの主張だった。それを聞いて、ヒースは思う。
(いや……ワシが息子で、エリザは嫁だろう)
だが、オットーの後をついて歩くうちに屋敷の外に出たことで、ヒースの思考は切り替わった。一体、どこに向かって行くのだろうと。
すると、小汚い納屋の前でオットーは足を止めた。随行していたカルロスが扉を開けて、内側に向かって出てくるようにと告げると、やせ細った二人の子供が小汚い小男に手を引かれて姿を現した。
(これが……妹と弟?)
ヒースはいくら庶子とはいえ、どうして侯爵家の子女がこのような扱いを受けているのか理解できずに、父を見た。しかし、父は目をサッと逸らした。
「お屋形様……お待ちしておりました」
小汚い小男が恭しくそう言いながら、一緒に土下座するようにと幼い二人に強要しているのを見て、ヒースは思わずそれを止める。そして、小男の手を払いのけて、一人一人に名を尋ねた。「ローゼマリーか」「アルフォンスか」と。二人は恐る恐るだが、頷いて見せた。
「もう大丈夫だ。何も心配することはない。ワシが守ってやる。そなたらの兄だからな」
ヒースは衣服が汚れるのも気にせずに、二人を抱きしめながら優しく語り掛けた。ただ……まだ幼い二人には理解ができなかったのだろう。どう反応していいのかわからずに、側で呆然と成り行きを見守っている小男に救いを求めた。だから、小男は思わず訊ねてしまった。「どちらさまで」と。
「この無礼者が!このお方は、お屋形様のご子息であらせられるルクセンドルフ伯爵閣下であるぞ!直に声をおかけするとは何事だ!」
「ひぃっ!」
カルロスは小男を鞭で打ち、無礼を咎め始めた。ヒースは慌てて「よせ!」と言って、これを止める。
「何をしているか!誰がそのようなことを命じたのだ。勝手なことをするな!」
「い、いや……しかし……」
「父上もどうして止めないのか!いや……それ以前に、どうしてワシの妹と弟がこのような哀れな姿でこのような扱いを受けているのか!きちんと説明をいただけるのですよね?」
「えぇ……とだな……」
「母上ですか?母上に気兼ねしてこのようなことを……」
「…………」
ついにオットーは沈黙してしまい、言外にその態度でヒースの言葉を肯定した。但し、ヒースには彼女がここまでのことを望んでいるとは到底思えなかった。ゆえに、これは浮気して他所に子を作ったという『後ろめたさ』がゆえに、自己の判断で過剰な対応を取ってしまったのだと悟る。
ただ……それがゆえに、失望した。
(蒔いた種の後始末もできぬのなら、その覚悟もないのなら……初めから浮気なんてするなよ……)
そして、どうやらこの男には侯爵家の当主の座は荷が重かったのだとも理解する。増長している側近一人も制御できない姿に、心の底から呆れ果てた。
ただ、今はそのことよりも優先すべきは、この幼い妹と弟の処遇の改善だと考えて、ヒースは頭を切り替えて小男に訊ねた。まずは、おまえは何者だと。
「お、おいらは、この子らの叔父にございます。姉が……お屋形様が狩り出られた際にご寵愛を受けまして……」
「なるほど。それで、この子らの母親は?」
「2か月前に病で死にました。それで、困ってしまい……こちらへ」
小男はカルロスにギロリと睨まれたのだろう。それっきり、平伏して何も言わなくなった。ヒースはこの邪魔な男を殺そうかとも思ったが、騒動になると考えて眠らせることにする。カルロスはその場に崩れるように倒れて、寝息を立て始めた。
「それでは、おまえもワシの下に来るが良い。ローゼマリーもアルフォンスも、おまえのことを慕っているようだしな。一先ずは世話役に任ずる」
怯えるようにして彼の後ろに隠れてしまった妹と弟を見て、ヒースは苦笑いを浮かべつつ、決断してそう告げた。そして、名を尋ねる。さもなくば、何かと不便だとして。
「クルトと申します。クルト・ゲッペルスと……」
「そうか。それでは、父上もよろしいですね?」
「ああ、構わない。全ておまえに任せるよ……」
オットーは疲れ切った表情を浮かべてヒースの求めを認めると、カルロスも放置して一人屋敷の方へと去って行った。その情けない後ろ姿を見て、ヒースは予感した。いずれ、この父親を追い落とす日が来るであろうということを。
陽はまもなく沈もうとしていた……。
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