第102話 悪人は、父の隠し子を押し付けられる
「もう……みんな大袈裟なのよ。ほら、このとおりなんてことないわ。安心した?」
「はい。知らせを受けたときは、本当に心臓が飛び出るほど驚きましたが……よかったです。大丈夫なようで……」
リートミュラー侯爵家の屋敷で、元気そうにいつもと変わりない姿のベアトリスを見て、エリザがホッとしたようにそう言った。しかし、ヒースはその言葉を信じない。もしかしたらと考えて、父・オットーを廊下に連れ出して、確認した。「本当のところはどうなのか」と。
すると、オットーの表情が歪む。ゆえに、やはりあまり具合は良くないのかと覚悟していると……
「ルクセンドルフに一人、このリートミュラーに二人いる」
突然、訳の分からないことを言ってきた。
「父上……なんですか、それは?」
「え……?隠し子のことを聞いているんじゃないのか?」
「はあっ!?ワシが聞いているのは、母上の具合のことだ!誰が隠し子のことを聞いておるかぁ!!」
ヒースは思わず頭に血が上り、声を荒げて呑気な父親を怒鳴りつけた。すると、それが室内にも聞こえたのだろう。ベアトリスがゆっくりと近づいてきて微笑んで言った。
「ヒース、驚いたでしょ。あなたの弟と妹がそんなにいるんですって。困ったことだと思わない?」
「ご、ごもっともですな……。ホント、父上にも困ったもので……」
「まさかと思うけど……あなたもいろんな場所に種をまいていないでしょうね?後始末が困るからダメよ。そんなことしていたら……」
「こ、心得ております。父上のようにヘマは致しません!」
「ヘマをする?つまり、あなたも種をまいているということなのね?ママ、悲しいわ……」
語るに落ちたとはこのこと。ヒースはベアトリスに父親共々正座を命じられて、そのままお説教を延々と受けることになった。それは、2時間近くも続く。
(しかし……この調子なら、本当に大したことなかったんだな……)
本当ならば辛いはずなのに、こうして昔のように元気に叱ってくる母の姿を見て、なぜかホッとした自分がいることを感じ、ヒースは奇妙な感覚を覚えた。幼き時は、自分の行く手を遮るのであれば、母と言えども命を奪うことも躊躇わなかったというのに……奇妙なものだと。
「ヒース?何笑っているのかしら?」
「いえ、母上はやはりお元気だったのだなと、安心したのです」
「だから言ったでしょ?大したことはないと」
そして、長かったお仕置きの時間は終わり、改めてヒースは詳しい事情を父と母から説明を受けた。すなわち、ルクセンドルフ領に10歳になる男の子が、リートミュラー領に5歳になる女の子と3歳になる男の子が存在しているという。
「リートミュラー領に居るローゼマリーとアルフォンスは、屋敷に引き取ることになったのだが……ルクセンドルフ領にいるはずのエーリッヒの行方がわからないんだ」
何しろ、オットーが伯爵領に居たのは8年も前になるのだ。距離が離れてしまい、ベアトリスの目が気になったこともあって、音信は取っていなかったとオットーは正直に告白した。そして、ベアトリスにバレたので同じように引き取ろうと、かつての家に使いを送ったが、すでにそこにはいなかったと。
「貴族の子として生きるのであれば、8月までに見つけ出して、9月から学院に通わせなければならない。だから……」
「ワシに探せというのだな?それで学院に放り込めと」
「すまぬ……そのとおりだ。頼めるか?」
がっくり肩を落として息子に頼みごとをする父親の姿に、ヒースは呆れながらも考える。これは決して悪い話でないことを。
「わかった。その話はワシが引き受けるとしよう。但し、エーリッヒにはカリン同様に『ルクセンドルフ姓』を名乗ってもらうぞ。それでもいいか?」
「構わない。あと……できれば、ローゼマリーとアルフォンスも頼みたいのだが……」
「はあ!?何でそうなるんだ?今、自分で引き取るって言ったじゃないか!」
「いや……だってな、この家に居てもな……」
そう言って、オットーはベアトリスを見た。つまり、引き取ることは許してもらえたが、待遇までは保障されていないということだ。そのことを理解して、ヒースはため息をついた。
「わかったよ。同じようにルクセンドルフの子として、ワシが面倒を見ることにするよ」
「すまないな。それでは、このあと引き合わせることにするよ……」
政略の駒にするなり、家臣として使うなり、役に立つ方法はいろいろある。ヒースはそう思うことにして、情けない父親の申し出を受けることにした。問題は、行方不明になっているエーリッヒのことだが、エリザが何とかしてくれると思って、左程深刻には考えていなかった。
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