第4章 稀代の悪人は、夏に湧いた愚か者どもを成敗する
第101話 悪人は、初等学院を卒業する
6月30日——。今日は初等学院の卒業式。
「卒業生代表、ルドルフ・フォン・ティルピッツ君」
「はい」
5年前の入学式と同じく、台上に上がるルドルフを見て、ヒースは思う。やせたなと。
かつては大きなお腹を揺らしていたが、今ではそれが全くない。彼に言わせれば、ヒースに振り回されたからだというが……ユリアとよりを戻したい一心で頑張っていることを誰もが知っていた。そして、ユリア自身も。
「なあ……そろそろ許してやったらどうだ?」
だから、ヒースは卒業式が終わって講堂を出る刹那の彼女を捕まえては、そうやって助け舟を出した。そもそものきっかけが一昨年に自分が口にした「妹のパンツを嗅いでいた」という『変態疑惑』にあるから、いささか責任も感じていたのだ。しかし……
「いいんですよ、これで……。そもそも、住む世界が違いますから……」
ユリアは寂し気な表情を浮かべて、ヒースに答えを返すとそのまま足早に教室に向かって去って行った。確かに彼女は平民で、ルドルフは侯爵家の嫡孫。彼女の言葉通り、住む世界が違うといえばそうなのだが……前例がないわけではないのだ。
「なあ、ルドルフ。このままでいいのか?」
ゆえに、ヒースは合流したルドルフに、彼女の言葉を伝えた上で確認した。その気があるのなら、実家であるリートミュラー侯爵家かエリザ同様にロシェル司教の養女にして、家格を釣り合わせる方法もあるのだと告げて。しかし、ルドルフは首を横に振った。
「俺は……彼女の意志を尊重すると決めたよ。住む世界が違っているのは……確かにその通りだし……」
こらえきれなくたったのか、ルドルフの目から涙がこぼれ落ちた。ティルピッツ侯爵家の正妻ともなれば、高い能力が求められるし、そのためには努力も必要だ。ユリアにその覚悟がないのならば、ルドルフとしては諦めるより他は仕方がない話だった。誰もがエリザのような努力をできるわけではないのだと……。
「そうか……。それなら、ワシの方からは何も言うことないな」
ヒースはそう言って、ルドルフの肩を二度、三度叩いて教室に向かった。気持ちの整理が必要だろうと、あえて誘わずに。
「ヒース様」
「おお、エリザか。どうしたのだ?そんなに急いで」
いつもは完璧な令嬢として凛としている彼女が珍しく息を切らしていたのだ。ヒースは嫌な予感を覚えて訊き返した。すると、彼女は言った。「ベアトリスお義母さまがお倒れになった」と。
「え……!?」
ヒースは驚き、言葉を失った。しかし、心の底から心配して涙すら浮かべているエリザとは対照的に、「これで悪魔のことを気にせずに好き勝手出来る」という思いが湧いてきて、つい頬が緩んでしまった。もちろん、心配する気持ちがないわけではないが……。
「ヒース様?」
しかし、その内なる思いはあっさりとエリザに見抜かれてしまった。
「あの……お気持ちはわからないわけではありませんが……せめて、わたしのために……悲しんで……いただけないでしょうか……」
「ああ、悪かった!そんなつもりではなかったんだ!だから、泣かないでくれ!!」
周囲に人が居るにもかかわらず、珍しく大泣きし始めたエリザに気がついて、クラスメイト達が「どうしたの?」と言って集まってきた。だが、彼女は泣き続けていて話ができない。すると、マチルダが決めつけたように言った。
「ヒース君!また浮気したのね!最っ低!」
「お、おい、何を……」
一体どうしてそんな話になるんだと、ヒースは抗議の声を挙げようとしたが、そこに別の者がルドルフが講堂の入口で泣いていたという話と、その直前にヒースがユリアと何かを話していたという話が加わり、混乱はさらに加速する。
「つまり、ルドルフ君の恋人……ユリアさんを寝取ったのね。ホント、素晴らしいほど人間のクズね」
「王太子の婚約者を寝取っただけじゃ足りないのかよ……マジ、半端ねぇな。恐ろしいわ……」
「俺、絶対におまえに恋人を会わせないようにするわ」
クラスメイト達は口々にそう言っては、ヒースならやりかねないという目を向けて声を上げて行いを非難した。まさに『魔王』だなと……。
「だから、違うって言っているだろうが!!大体、カール!そういう話は、恋人ができてから言え!」
ヒースがそう言うと、カールは「おまえが独占しているからできねぇんだよ」と逆切れした。その声に皆が笑う。何だかんだ言っても、みんな仲は悪くはなかった。
「それじゃあ、この続きは高等学院で」
「ああ、みんなまた会おう」
騒動の元凶に等しいマチルダの言葉にヒースが返して、初等学院の5年間を締め括り、それぞれが慣れ親しんだ教室を離れていく。少し名残惜しい想いを残しつつも……こうして、波乱に満ちた2か月に及ぶ夏休みに突入したのだった。
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