幕間 母親は、義娘の婚約を祝福する

「ほう……ヒースも中々におもしろいことをしてくれるわね」


読み終えた手紙を折りたたみながら、ベアトリスは愉快そうに言った。なぜなら、その手紙には、妾の子であるカーテローゼが商人の小倅と婚約したとあったのだ。以前よりその存在を忌々しく思っていただけに、これほど良き知らせはないと喜んだ。


「それでは、主には『ご承知いただいた』……そうお伝えてもよろしいでしょうか?」


「ええ、構わないわ。エリザにはくれぐれもよろしくね。あと……次の夏休みに会えるのをママは楽しみにしていると……」


「畏まりました。必ずお伝えいたします」


「きっとよ」


そうマリカに念を押してから再び王都へ送り出したベアトリスは、その足でオットーの下へ向かう。用件は無論、カーテローゼの婚約を伝えて、夫が水面下で進めようとしていた計画をご破算に追い込むためだ。


「あなた、ちょっといいかしら?」


「あ……ベ、ベティ……。ちょっと待ってくれよ」


妻が来ることを予測していなかったのだろう。部屋の外から伺ってきた彼女の声を聞いて、オットーは机の上に並べていた書類を慌てて引き出しにしまって、それから扉を開けて出迎えた。そこには、今や側近の筆頭格となったカルロスもいた。


「あら?二人で何を密談していたのかしら?」


「み、密談だなんて……そんな……」


「だったら、そんなにおどおどしなくてもいいじゃない。今日はただ喜ばしいお知らせを持ってきただけなんだから」


「喜ばしい?」


それは一体なんだろうと、オットーはカルロスと目を合わせた。心当たりは全くない。すると、ベアトリスは満を持してエリザから送られた手紙を渡しながら告げた。「カーテローゼの婚約相手が決まった」と。


「え……?」


衝撃のあまりに、オットーの口から声がこぼれた。そして、慌てて手紙を開いて中身に目を落とす。だが、読み進めるにつれて怒りに顔が歪み始めた。


「お、お屋形様……少し落ち着かれて……」


余りもの異様な光景に、カルロスが隣で宥めようとしたが……


「ヒースめ!何を勝手なことを言っておるか!」


半ばまで読んだところで、普段大人しいオットーが珍しく吠えた。


「カリンはボクの娘だぞ!それなのに、どうしてその婚約相手をヒースが決める!?おかしいだろう!しかも、相手は商人だとは……。ふざけているのか!?」


その上で、こんな婚約は無効だと言った。親である自分が承諾していないのだから、それは当然だと言わんばかりに。しかし、ベアトリスはそんな夫の駄々を笑った。


「な、何がおかしい!?」


「いえ、今更父親面しているあなたが滑稽でして」


「なに?」


妻の思わぬ一言に、オットーはどういうことだと頭に血が上った。すると、ベアトリスはそんなオットーに向かって逆に訊ねた。


「カーテローゼは、ルクセンドルフ伯爵令嬢でしたわよね」


「そうだ。君が反対したからな」


「ええ、反対したわね。でも……リートミュラー侯爵令嬢にしないと決断したのは、あなたですわ。どうして?」


「そ、それは……君が反対したから……」


「まあ……わたしの顔色を窺ったのでしたわね。思い出しましたわ。あのとき、丁度この屋敷のメイドに手を付けたことを知って、確かにわたしはイラついていましたわね」


「む、昔のことだ……あの娘とはもう別れた」


「でも……結局は、自分の保身のために娘の幸せを犠牲にしたのではなくて?そんなあなたが今頃になって、何の権利で父親面をできるというのかしら?あの娘の嫁ぎ先のことで、カルロスと何やら企んでいたみたいだけど……」


それこそ、何を勝手なことをしているのかと、ベアトリスは二人をバッサリ吐き捨てるように言った。


「し、しかしだな……む、娘には違いないだろ?ボクがあの子の幸せを願ってはダメなのかい?いくらなんでも、商人の息子と婚約など……あまりじゃないか」


「だとしても、カーテローゼはルクセンドルフ伯爵家の人間です。当主であるヒースが決めたことなのですから、我々が口を挟むことは筋違いというもの。それに……」


ベアトリスは、『この婚約は、宰相ローエンシュタイン公爵閣下の肝いりで実現した』と記されていることを指摘する。即ち、この婚約を認めないということは、宰相の権威を認めないと同義であると。


「あなたに、宰相閣下を敵に回して争う覚悟があるというのなら止めません。さあ、どうしますか?認めますか?それとも、認めませんか?」


こうなってしまうと、オットーに最早勝ち筋は残っていなかった。引き出しの中には、吟味中だったカリンの婚約候補の資料が十数人分入っていたが……全て没にするしか道は残っていなかった。

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