幕間 王太子は、悪夢にうなされおねしょをする

『ディア?なぜだ……なぜ、お腹が大きく……』


『殿下……ごめんなさい……』


『いや……意味、わかんねぇよ……。だって、おまえ……俺の婚約者じゃないか。それなのに……』


夢の中でなぜか自分は、お腹を大きくしたクラウディア嬢を見て驚いていた。いや……正確に言えば、青ざめて「まるでこれは夢だ」と言わんばかりに、わなわな震えていた。


しかし、そんな彼女はそれっきり……自分になど見向きもせずに、ルクセンドルフ伯爵とキスをして、その後は腕を組みながら去っていく。これが答えだと言わんばかりに。


『待ってくれ!冗談は良してくれよ!まさか……本当にそいつの子なのか!?』


夢の中の自分は思いっきり取り乱しながら、必死に追いかけた。だが、追いつくことはできずに二人は何処かに消えた。すると、そこに従姉のルキナ姫が現れた。悲しそうな瞳を向けているのが分かった。ただ……彼女も大きなお腹を抱えていた。


『姉上……ま、まさか……』


『あなたのせいよ。あなたがわたしを洗脳しなければ……わたしは……無理やり孕まされた挙句、捨てられたりなんかしなかったのに……』


そして、その手に抜身のナイフを握りしめて、ゆっくり、ゆらゆら近づいてくる。


『待ってくれ!姉上、待ってくれ……』


そう言って、怯えながら後退りはしたものの、彼女の足は止まることなく……


『あなたのせいよ。何もかも……。だから、死んで頂戴……!』


その言葉と共に、ナイフは自分の喉に突き立てられて……目が覚めた。





「ひぎゃああああああああ!!!!!!!!!」


「で、殿下!?」


ハインリッヒの叫び声に、隣の部屋でハインリッヒに関する報告書をヒース宛に書いていたヘルテルが驚いて駆け込んできた。心の内では「またか」と思いながら。


「如何なさいましたか?怖い夢でも見られましたか?」


彼はそう言って心配そうに語り掛けるが……


「ば、馬鹿にするな……。ちょっと、変な夢を見て驚いただけだ……」


ハインリッヒは少し恥ずかしかったのだろう。敢えて強気の態度を崩さなかった。だが、それも……お尻の辺りに冷たい感触を覚えるまでの短い間でしか過ぎなかった。シーツに描いた大きな地図を見られて、優位性は崩れる。


「殿下……またおねしょですか……」


「…………」


ハインリッヒは顔を赤くして黙ったままでベッドから立ち上がると、そのまま収納箱からパンツとズボンを取り出して履き替えた。このところ連日にわたって続いている悪夢によって、着替えの一切を侍女に任せるのが常の王族には珍しく、最早手慣れたものになっていた。


そして、ベッドの方も脱いだパンツとズボンと共に、いつものように内緒で片づけるようにヘルテルに命じる。彼は内心でもう一度「またか」と思っているが、口に出さずにせっせと片付けに入った。そうしていると、部屋の外から侍女の呼ぶ声が聞こえた。


「わかった。すぐに行く」


現在の時刻は、午前8時半過ぎ。このあと9時からは、婚約者であるオリヴィアとの面会が控えていた。ハインリッヒはそのことを理解して答えた。





(何かが違う……)


「どうかされましたか?王太子殿下」


「いや……大したことではない。気にしないでくれ」


オリヴィアとの会話の内容が詰まらないということもあるのかもしれないが、ハインリッヒは彼女との面会自体に違和感を覚えていた。そう……相手が違うような……。


「それでですね、お兄様たちと行ったレストランには、なんと!スターナイト・シスターズのディアナさんがいたんですよ!もう、感激しちゃって……サイン、貰っちゃいました!」


「そ、そうか……それはよかったね」


「はい!」


天真爛漫で、元気のいい女の子。年齢は一つ年下で、外戚派の領袖であるティルピッツ侯爵の孫娘。話はかみ合っていないが、だからと言って嫌いなわけでもなく……政治的な背景を含めて考えても、別段おかしくはない婚約者である。


(だが……やはり、何かがおかしい……)


直感的にだが、ハインリッヒはオリヴィアと接すれば接するほど、その思いを強めてきている。それが夢に引きずられているのか。そして、あの夢は一体何なのか。目覚めると怖いという思いしか残っていないのだから、質が悪い。


今日も出口のない悩みを抱えながら、きっと夜を迎えるだろう。目の前で一生懸命楽しそうに話すオリヴィアを見ながら、たまには彼女と王宮の庭園で花をめでる夢でも見たいものだ。


……ハインリッヒは心の底からそう願ったのだった。

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