第100話 悪人は、記憶操作の成功を確認する

「……お加減は如何ですか?王太子殿下」


「頭がボーっとする。まあ……半年も眠らされたからな。仕方あるまい、ルクセンドルフ伯爵よ」


「その節は申し訳ありませんでした。何しろ、ハーマンの洗脳が強力でして……」


春——。花が咲き誇る王宮の中庭で、ヒースらは半年ぶりに目を覚ましたハインリッヒに面会していた。この場には他にルドルフとクラウディアがいるが、ルキナはいない。


しかし、今のハインリッヒは、そのことにこだわりはないようだ。特に気にした様子も見せずに、話を続けた。


「わかっている。ヘルテルからも聞いている。殴られたことは腹が立っていないと言えば噓にはなるが……今の謝罪の言葉をもって、水に流すことにする」


「ありがとうございます。殿下の寛大なご処置に心よりお礼申し上げます」


内心では舌を出しながら、ヒースは形だけの謝罪を終わらせた。そして、ここからが本題というようにルドルフとクラウディアに目配せをして、ハインリッヒに跪いた。


「殿下。我ら3名。ここに殿下をお支えすることを誓います」


「「誓います」」


「……なんだ。藪から棒に?」


当然だが、何も知らないハインリッヒは困惑していた。すると、透かさずヘルテルが耳打ちした。眠っている半年の間に世の中の状勢は変わり、今やハインリッヒの廃立が囁かれていると。


「ば、馬鹿な……。どうして、そのようなことに……?」


「……地下室の一件が尾を引いているのですよ。いくらハーマンに操られていたとはいえ、次世代の有力貴族の多くを不快にしたのは事実ですからな。皆が敵に回ったのですよ……」


ヒースは代表するようにしてハインリッヒに説明した。その反発は、宰相派も外戚派も軽視できるようなものではなくなってきており、もしこのまま即位すれば、内乱が起きかねないと。


「な……内乱だと?」


「何しろ、後ろ盾に成されていたホルメス伯爵もルーベ司教も、今となっては殿下の下を去られましたからな。誰もその声を押さえることができずにいるのです」


「そ、そんな……」


ハインリッヒは愕然として、肩を落とした。このままでは、王太子から引きずり降ろされる未来が脳裏をよぎった。すると、ヒースがそんな彼に優しく告げる。


「ですから、そのような事態にならないようにするために、我らがこうして一同揃って殿下をお支えすると申し上げているのです。ご安心頂けたらと」


「おお!」


ここでようやく、ヒースたちが跪いた理由に気づいて、ハインリッヒは歓喜に震えた。学院の『魔王』ことヒース、外戚派、宰相派それぞれのトップの孫であるルドルフにクラウディア。次世代の有力貴族の中でも最上位の3人が支持を表明してくれたのだ。これ以上心強いものはなかった。


「殿下、そろそろ……」


そのとき、ヘルテルがハインリッヒに囁いた。医者から許されていた面会の時間はすでに超過していると。目覚めたとはいえ、まだまだ本調子ではない彼は、安静に過ごさなければならないのだ。


「殿下。あとのことは我らに全てをお任せいただいて、まずはお体を労わり下さい」


「うむ、そうさせてもらうとしよう」


こうして王太子ハインリッヒとの面会は終わり、目的を果たしたヒースたちは王宮から退出した。





「どうやら、上手く行ったようですね」


帰りの馬車の中で、クラウディアが言った。ハインリッヒを傀儡にする企みも、記憶操作の出来栄えも。それについては、ヒースもルドルフも同意見だった。


「しかし……なんか調子が狂うよな。あいつ、あんなに真面な性格をしてたっけ?」


「それだけ、ルキナ殿下への想いが強かったということなのよ。確かに、アイツと話していて『姉上』がどうのこうのって言われなかったのは初めてだわ」


「つまり……重度のシスコンだったわけか……」


ルドルフは呆れるように言った。ヒースも、クラウディアも笑った。


「そういえば、ルドルフ。……結局、おまえの妹がアイツの婚約者になったんだって?おめでとう」


「何がめでたいんだよ、ヒース。それもこれも、おまえがクラウディア嬢を寝取るからこんなことに……」


「おいおい、人聞きの悪いことを言うな。ワシは寝取ってなどおらぬぞ。こやつがやらかしたから押し付けられたのだ。いわば、被害者だ」


「被害者って何ですか!?わたしだけが悪いようには言わないでください。昨日、お口でしたら喜んでいたくせに……舌使いが上手だって」


「お、お口で!?舌使い!?ヒ、ヒース!流石に、10歳の子にアレを咥えさせるのは……」


「ば、馬鹿なことを言うな!ワシはそのようなことはしてはおらぬぞ!」


「いや、でも……今、お口でって……」


「ただのディープキスだ。……ディアも紛らわしいことを言うな。誤解を招くだろうが」


「はーい。ごめんなさい、導師」


「……10歳の子とディープキスをするのも、十分まずいと思うが?」


喧々諤々。馬車は賑やかに学院を目指して進むのだった。

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