第52話 悪人は、好敵手との勝負に臨むも……

「ねえ、エリザ。学院の近くに、美味しいケーキ屋さんを見つけたのよ。みんなで一緒に行かない?」


授業が終わった後、帰り支度をするエリザに声を掛けてきたのは、マチルダという少女だ。隣にはビアンカをはじめとするクラスの女子たちの姿もある。あの事件から1カ月が過ぎ、彼女はこうしてみんなの人気者になっている。


「あの……ヒース様……」


そして、そんな彼女はいつもこうして行ってもいいかと相談に来る。今日もこの後一緒に過ごすことができないことを申し訳なさそうにしながらも。だから、ヒースは一瞬よぎる寂しい気持ちを無視しながら、いつものように言ってやることにする。


「いいよ。行っておいで」


すると、彼女はぱっと華やいだ笑顔を見せて、友人たちの輪の中に加わり、教室を去っていく。ここに来てから入学式の日までは毎日行ってきた夕方のデートは、こうして今では1週間のうち1度でもできればいい方になっている。そして……


「まあ、元気出せよ、ヒース。今日も俺たちと一緒につるもうぜ!」


彼女たちと入れ替えにこうして誘ってくる者もいる。ルドルフとその取り巻きたちだ。


「おまえらも大概ヒマだよな。まあ、ワシもだから人のことは言えぬがな。……それで、今日は何をするつもりだ?」


「校庭でかくれんぼしようぜ。それで、おまえが鬼。だから、みんな逃げろ!」


「お、おい!誰もまだやるとは……」


ヒースは慌てて声を上げたが、すでにルドルフたちは駆け出していて、教室からは姿を消していた。


「はぁ……仕方ないな」


そう言って、ヒースは予め決められている30秒を数えてから腰を上げて、同じように校庭に向かう。そこには、ヒースたちだけでなく、他の学年の生徒たちの姿もあった。遊んでいる者もいれば、そうでない者たちも。


「さて、誰から捕まえるか」


ヒースは辺りを見回した。校庭は広いため、この中から5人のクラスメイトを見つけるのは容易ではなかったが、それでも相手は子供。その性格を考えて、どこに隠れているのか予測する。


「まあ、一番わかりやすいのはルドルフだな。ほら、やっぱりここにいた」


「げっ!何でいつもわかるんだよ」


彼は体が大きいから、必然と隠れる場所が限られてしまうのだ。大きな木の後ろか、あるいは大きな物の陰か。小柄なアレクシスのように掃除道具が入っているロッカーや跳び箱の中といった場所には隠れることができるはずもないから、こうして簡単にいつも見つかる。


また、同じように、その真逆の理由でアレクシスの方も見つかる。彼は、自分の体の特徴を生かそうと常に挑戦するために、今日もやはり同じような場所で見つかる。そして、立て続けにカールとロルフを見つけて、残るはただ一人だけとなった。


「またダミアンか。しかし、これがいつも難しいんだよな……」


ヒースはげんなりした顔をルドルフたちに見せながらも、心の中では知恵比べに楽しさを感じていた。18時までに見つけることができなければ、ヒースの負けということになっており、通算成績は5勝5敗の五分といった所。なので、今日勝利した方が一つ勝ち越すことになる。


(さて……どこにいるのか?)


神経を研ぎ澄ませて、ヒースは改めてグラウンドを見渡した。校舎に取り付けられた大きな時計は、17時40分を示していた。当初に比べて人も少なくなっていて、不自然な反応があれば気づきやすくはなっていた。そして……


「ん?あれは……」


校舎の裏に向かって走っていく生徒の姿が見えた。それを訝しく思い、ヒースはルドルフに訊ねた。「校舎の裏は、隠れて良い場所にはいっていたのか」と。


「いや、あくまでもグランドに面している場所に限っていたはずだよ。校舎の裏は入っていない」


「そうか。それなら、あそこの騒ぎは関係ないか」


そう思ってヒースは再び探索作業に入ろうとするが、そんな中を見覚えのある生徒がこちらに向かって走ってくるのが見えた。


「ヒース君!悪いが、ちょっと来てくれるか。一緒にいる君たちもだ!」


それは、ロシェル侯爵家のエドヴィンだった。ヒースは、彼がこの初等学院の最上級生で、生徒会の役員についていることを思い出し、ただ事ではないことが起こったと悟ると、同行を承諾した。そして……


「おい、うそだろ……」


「何でこんなことに……」


胸に突き立てられたナイフからは大量の血が流れ、周囲には大きな赤い水たまりができていた。そんな変わり果てたダミアンの姿に、ルドルフとロルフが声を震わせた。アレクシスとカールも青ざめたまま言葉を出せずにいる。


そんな彼らにエドヴィンが事情を説明した。即ち、10分ほど前に発見されたときには、この状態だったと。すでに教師によって死亡が確認されていて、もうすぐしたら警察もやってくるから、その前後の情報を教えてあげて欲しいと。


しかし、ヒースの耳には届かない。ゆっくりとした足取りで、冷たくなったダミアンに一歩、また一歩と近づいていく。


「おい、勝手に近づくな!警察が来るまで大人しく……」


「うるさい!」


止めようとした教師を一喝して、彼は亡骸の前で膝を折り、手を合わした。


「このたわけが。まだ決着がついていないだろうが……」


それはこの世界にはない祈り方であったが、ヒースは構わず言葉を投げかけて、早すぎる好敵手の死を悼むのだった。


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