第53話 悪人は、裏から手を回す
「うう……俺がかくれんぼをしようと言ったばかりに……」
「泣くなよ、ルドルフ。何もお前のせいじゃないだろ」
「でもな、ヒース。そんなこと言ったって、俺が言い出さなかったらダミアンは……」
「それでも死んでたさ。刑事も言ってただろ?暗殺者の手口だって。それなら、例えかくれんぼをしなくても、一人になったところでやられていただろう。ワシらだってずっとついているわけにはいかぬからな……」
外では小雨が降りしきる中、遺体が収められた棺を遺族に引き渡す儀式が執り行われている。それを見送る学院側の列で、泣きながら自分を責め続けているルドルフをヒースは慰め、励ましていた。他の3人も同様に泣きじゃくっているが、そちらの方までは手が回らないため、他のクラスメイトに頼んでいる。
「それでは、出立!」
伯爵位をもつダミアンの叔父は、こちらに向かって深々と一礼したのちに葬列に号令をかけた。聞けば、前伯爵だったダミアンの両親はすでに他界していて、彼が一時的に爵位を預かっていると言うが、ダミアンの死で返上する必要がなくなったそうだ。
つまり、今回の一件で一番利益を得た者ということになる。
(当然、一番疑わしい存在だが……)
そんなことは誰もが思うわけであり、事はそんなに単純な話ではないようにヒースは感じていた。事実、ヒースは知らないことだが、彼はこの後、甥を後見できなかった責任を取って、爵位を従弟に譲り隠棲することを表明したのだった。
「さあ、終わったから部屋に送るよ」
見送りが終わり、辺りがまばらとなる中、ヒースは相変わらず泣き続けるルドルフにそう言った。但し、「重いからお姫様抱っこはできないからな」と冗談っぽくつけたして。
「流石にそれは恥ずかしいから、こっちの方から願い下げだよ……」
少しだけ面白かったのか、ルドルフはようやく泣き止んで涙を袖で拭うと、そのまま自分の足で歩きだした。一応心配で、ヒースは部屋の前まで付いて行くことにしたが、その間の会話は一切なく、部屋のドアの向こうに消える瞬間にヒースの方から「じゃあ、また明日」とだけ声を掛けるにとどめた。そして……
「必ず仇は取ってやるからな。心配するな」
小雨が窓を濡らして外はぼやけてはいるが、ヒースは転生神殿に向かったであろう友人に向けて誓いの言葉を告げた。もちろん、そんなことをしてもダミアンは返ってくることはないが、やられっ放しで終わるくらいなら、前世で大仏殿を焼いたりはしないのだ。
ヒースは、足早にエリザと会って密談するために自分の部屋に向かった。
「あ……ヒース様」
部屋に入ると、予定通りにエリザはソファーに座り、ヒースの戻りを待っていた。
「待たせたな。しかし、本当に忍び込めるんだな……」
見れば彼女は喪服のままだ。つまり、先程の葬列の見送りが終わってからの短い時間の間にここに忍び込んだのだと悟る。どんな手段を使ってかは知らないが。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。同居しているエミールを人払いをする理由で、たわいもない物を学院の外へ買いに行かせているため、あと30分は帰ってこないが、他の者が訊ねてくる可能性は否定できない。
「それで、手に入ったか」
「はい。これが今回の事件に関する学院側の調査記録の写しです」
エリザはそう言って、数枚の書面をヒースに手渡した。内容に目を通すと、ある貴族家の名が目についた。
「アルデンホフ公爵家?」
それはヒースたちと同じ宰相派に属し、かつ当主ギルベルトは財務大臣の要職にあってロシェル侯爵と並ぶローエンシュタイン公爵の片腕と呼ばれている人物だ。だが、報告書には、暗殺者の出所を調査しようとした警察に待ったをかけた人物として記されている。
「なるほどな……これなら、確かに学院長も警察も調査を途中で打ち切るはずだな」
そして、知ってしまった以上、同じ派閥に属する自分たちも表立っては動くことはできない。ロシェル侯爵を動かして内々に追及することもあるいは可能かもしれないが、逆に売られて粛清される可能性がなくはないので、この方法も決して望ましい手段とは言えなかった。
……となれば、取れる選択肢は一つだ。
「今宵寝静まったころに、この資料をルドルフの枕元に置いてくることは可能か?おまえにこんなことを頼むのは心苦しいが……」
「それは容易い事ですわ。どうか、お気になさらずお任せください。ただ、その……」
「なんだ?」
「……ぎゅっと抱きしめてもらえないでしょうか。こんなときにはしたないとお思いになるかもしれませんが……」
エリザは頬を染めて恥ずかしそうに、ヒースにお願いした。近頃、一緒に居ることができずに寂しかったと言って。
「わかった。それならこっちにおいで」
ヒースは寝室に場所を移し、両手を広げた。すると、エリザは何のためらいもなくそこに飛び込み、二人はそのままベッドに倒れ込む。そして、互いの温もりを感じ合い、自然の流れで口づけを交わした。
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