第91話 悪人は、悪い虫が使える虫であると知る

アーベル・ランブラン――。


クラウディアが言うには、王太子ハインリッヒと懇意にしていた王家の御用商人マルコ・ランブランの長男。つまり、ヒースの側からすれば、敵対していた連中の関係者ということになる。無論、そのことはクラウディアも知っていた。


「だけどね、アーベルはそんなこと関係なく、カリンのことを愛しているわ。だから、二人のことを認めてあげて欲しいの」


そして、それがここにいる生徒全ての想いだと彼女は言った。皆も「そうだ、そうだ」と声を上げた。当然だが、ヒースには全く理解できなかった。


「あのな……どうして、あいつに黒い魂胆がないと言い切れるんだ?その根拠は?」


「そんなの決まってるじゃない。女の勘よ!」


「…………」


呆れて何も言えないと言うのは正にこのことだ。全然根拠になってないじゃないかと、ヒースは心の中で突っ込む。そして、仕方なく手をパン、パンと二度叩いた。


「お呼びで」


「エリザに言うて、アーベル・ランブランに関する情報を持って参れ。至急だ」


「畏まりました」


【揚羽蝶】の忍びは突然現れて、命を受け取るとそのまま何処へと消えていく。クラウディアを除く生徒たちは騒ぎ出す。「今のは何だ?」と言って。


しかし、ヒースは馬鹿正直には答えない。ここに居る者が将来敵になることは十分あり得るのだ。説明の必要性は皆無である。そうしていると、間もなくしてエリザがやってきた。手には数枚の資料を持って。


「なんだ。エリザ自ら来たのか?」


「はい。カリンちゃんの初恋と聞きましたので、どんな方かと思い……」


そう言いながら、写真付きの資料をエリザはヒースに差し出した。そして、彼女は囁く。「この男は絶対に味方にするべきでしょう」と。


不思議に思いながら目を通していくヒースの表情が驚きのモノに変わるまで、左程の時間を要しなかった。そこには、所有するスキルの名称が書かれていて『軍師』と記されていたのだ。


(軍師か……確かに欲しい。だが、そのために妹の婿にするか……うむぅ……)


政略結婚ではなく、好き合っているのであれば構わないのではないかとも思わないわけでもないが、それでもかわいい妹がそいつの嫁になるということを容易く受け入れることができずに……ヒースの堂々巡りは続いた。だが、そんなヒースにエリザが助言した。


「結論が出ないのであれば、一先ずは様子見でもいいのではないでしょうか?二人ともまだ10歳なのですし……」


場合によっては、この先双方の気が変わることだってあり得るのだ。だから、彼女はカリンのことを抜きにして、まずはアーベルを配下に囲うことに専念すべきだと進言した。ヒースはこれを受け入れた。


「よし、皆の気持ちはようわかった。一先ず、ワシも二人を見守ることにする。それでよいかな?」


結論が出たところで、改めてこの場でそう宣言すると、場は歓声に包まれた。そんな中で、ヒースはクラウディアを廊下に呼び出して、本来の目的を果たすことにした。即ち、ラブレターだ。


「ヒース様……やはり、わたしを第3夫人に御所望で……。でも、いけませんわ。わたしには婚約者が……」


「最初に言っておくが、それは偽のラブレターだからな。ワシにはそのようなつもりは全くない」


「…………」


ぷぅっと頬を膨らませて、クラウディアはヒースを睨みつけた。「期待させておいてなんてひどい人なの」と言って。だが、ヒースは相手にしない。冗談だと思っているからだ。


「それでだな。そのラブレターを公爵の目に留まるところにワザと置き忘れて欲しいんだ」


「お爺様の目に留まるところに?でも、そんなことをすれば……」


「そうだ。そうすれば、公爵はきっと顔を真っ赤にしてワシを呼び出すだろう。可及的速やかに来るようにと言ってな。だが、それが狙いだ」


ヒースはクラウディアに説明する。シェーネベック領に罪人を送り、復興活動に従事させるためには、ローエンシュタイン公爵の後押しが必要なのだと。そして、一刻も早く進めるためには、こういう手段を取ってでも早く面会にこぎつけたいと告げる。


「なるほど。確かにそのやり方なら、効果抜群ね……」


だけど、きっと叱られるだろうな、ともクラウディアは思う。でも、その一方でこのヒースならそれすら何とかするのではないかと、妙な期待が胸をワクワクさせるのだった。

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