第90話 悪人は、妹に纏わりつく悪い虫を知る
シェーネベック子爵領のことは、カタリナとハンスに一定の権限を与えてヒースは予定より1週間程早く学院に帰還した。
「あれ?ヒース。戻るの早くないか?」
「まあ、何とかなるかもしれない目途は立ったからな。寧ろ、あとは王都に居なければできないことばかりだし……」
ルドルフがからかうように言って来たからそう返したが、残っている課題は、シェーネベック領を流刑地にすることを政府に掛け合うことであり、また不足している資金を集めることだ。これは、王都で行う必要があるのだ。
(金のことは追々考えるとして、まずは宰相だな)
ヒースは現役の伯爵なので、通常の方法でも面会を申し込めないことはないのだが、それでは宰相として多忙な日々を送る公爵に会うには時間がかかると見ていた。だから、クラウディアを利用する。
「早速だが、ディアに会って来るよ。公爵に会うために口を利いてもらわないといけないからな」
彼女にラブレターでも贈って、それを宰相の目の前でチラつかせてもらえば、たちまち召喚されることは確実だ。だが、エリザは心配そうに念を押してくる。
「……ヒース様。いうまでもありませんが、くれぐれも……」
「わかっている。ちゃんと言い含めておくから安心してくれ」
宰相から3千万Gを貰って、しかもすでに使っている以上、クラウディアを本気にさせてはならない。あくまでこれは偽のラブレター。そう言っておかないと、確かに何が起こるかわからなくなる。そして、何かが起これば、3千万は返さないといけない。
「はあ……金がないのは、首がないのと一緒だな……」
何しろ、やりたいことができない。領地経営も女遊びも、金があってこそできるのだ。そう思いながら、昼休みを利用してクラウディアのいる1年生の教室に向かうヒース。だが……その途中で、彼は信じられない光景を目にした。
「なっ……!だ、だれだ、あいつは……!!」
中庭のベンチに座って美味しそうに、そして、楽しそうにサンドイッチを見知らぬ男と食べているのは、紛れもなく妹のカリンだった。
「へぇ……そうなんだ。あっ!カリンちゃん。口にクリームがついてるよ」
「え?ホント?やだわ……子供っぽいって思ってるでしょ?」
「えぇ…と?そんなことはないよ?」
「うそ!今、目が泳いだ!アーくん、ひどいわ!」
(一体どういうことだ?妹にもう彼氏?馬鹿な……なんでそんなことになる!)
しかも、カリンとアーくんってなんだと、カァっと頭に血が上り、ヒースは男が口にしようとしたサンドイッチに【3秒経たずに事切れる猛毒】を仕込もうと考えた。だが……
「導師!ダメよ!早まらないで!!」
クラウディアが後ろから羽交い絞めしてきて、詠唱は中断された。
「ディア?」
「お願いだから、こっちにきて話を聞いて。兄として許せない気持ちはわかるけど……アーベルを傷つけたら、きっとカリンは悲しむから」
「カリンが悲しむ」。その言葉にヒースは力なく項垂れてしまった。そして、成す術もなくそのまま彼女たちの教室へと連れて行かれた。そこには、カリンとアーベルを温かく見守ろうというクラウディアの同志たちが待っていた。
「お兄様!お願いです。二人を認めてあげてください!」
「あの二人はとても尊いお付き合いをされているのです。お願いします!」
「カリン様の幸せだけを……どうかお考え願えないでしょうか……」
教室に入るなり、男女問わず多くの生徒がヒースに迫り、口々に思いをぶつけてきた。その中には、カリンのクラスだけではなく、アーベルが所属するD組の生徒も少なからず混じっていた。一体何が起こっているのか。ヒースは理解が追い付かなかった。
すると、クラウディアは言う。「これは、カリン様の初恋を温かく見守る会」だと。
「あ゛!?」
初恋?どういうことだと、ヒースは苛立った。なぜ、たった3週間程度留守にしている間にこんな馬鹿げたことになっているのかと。だが……クラウディアたちが嘘を言っているようには見えないわけで……
「まず、そのアーベルという小僧は何者だ。それを教えてくれ……」
一つ深呼吸をしてから、クラウディアに問いかけた。「敵を知る」。それは兵法の基本中の基本だ。
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