第114話 悪人は、分家を乗っ取る(中編)
「待たせたな」
そう言って、ヒースがエーリッヒを伴い部屋に入る。中央には円卓のテーブルが置かれており、ブレンツ男爵とハンナが席に座っていた。そこで、空いているひと席にヒースは座る。エーリッヒはギュンターら他のお付きの者たちと同様に後ろに待機させた。
「では、まずは暗殺されかかったワシの要求を伝えることにしよう」
ヒースは嫌味を交えながら、ハンナに対して一人娘を差し出すようにと告げた。改めて、この分家に本家の血を入れて、関係を強めるためにと。それを聞いて、ハンナはやはりと思うが、当然その要求を受け入れるつもりはない。愛娘を側室にあげるなどもってのほかだ。
「恐れながら……娘はまだ幼く、閣下のお望みには答えることはできません。代わりにわたくしがお側に参ります」
ハンナは現在32歳。亡きゲルハルトの前では、いつもスッピンで地味な妻を演じてきたが、この場ではきちんと化粧を施し、露出度の高い衣装を身にまとっていた。さっきからブレンツ男爵がチラチラ見ては鼻を伸ばすほどに、今の彼女は美しい。
その彼女が、その身を差し出すと申し出たのだ。ヒースも一瞬考える。方針転換をしてもいいんじゃないかと。
(この子爵家は、生まれたワシの子に継がせても問題ないかな?)
弟に継がせるよりも、やはり我が子に継がせた方が安心はできる。そう考えて、彼女の提案に乗ろうかとした刹那、急にエリザの顔が頭に浮かんで、思い止まらせた。
「そ、それは、残念だが認めるわけにはいかない。差し出してほしいのは、ハンナ殿ご自身ではなく、御令嬢の方だ」
まさに断腸の思いで、ヒースはハンナに当初の予定通りにその言葉を告げた。もったいないけれども、エリザのお仕置きは恐ろしいのだ。欲望に身を委ねて、本当に子供でも作ろうものなら何をされるかわかったものじゃない。
しかし、そんなヒースの想いなどハンナに伝わるわけがない。
「どうしてですか!娘はまだ10歳なのですよ。それを側室にしようなどとは……この、ロリコン伯爵!」
「ロ、ロリコン!?」
思わぬ非難に、ヒースはたじろぐ。全くもってそのようなつもりはないと弁明しようと試みるが……
「伯爵……。世の中には、幼い少女に性欲をぶつけて楽しむ変態がいることをわたしは知ってるわ。だけどね、自分の娘に欲望の矛先を向けられて、黙って差し出す親なんかいないわ!そんなことするくらいなら、死んだ方がマシよ!」
感情が高ぶってしまい、ハンナは耳を貸そうとはしない。困ったヒースは、ブレンツ男爵に目配せして助けを求める。戦後構想はすでに共有しているのだ。
「……夫人、まずは落ち着かれよ。伯爵閣下には、御令嬢を側室になさるおつもりはない。そのことは、このわたしが保障しよう」
「それとも、自分の保障では足りないのかな」と笑いながら大人の対応をする男爵に、ハンナは次第に落ち着きを取り戻した。
すると、ヒースは男爵に感謝しつつ、「我が弟をご令嬢の婿とし、子爵家を継承させたい」と告げた。だが、ハンナはその言葉を訝しく思って首をかしげた。
「すみません……。閣下の弟君となれば、トーマス様ですよね?このことは、ベアトリス様はご存じなのでしょうか?」
現在、トーマスは6歳になったところだ。ハンナの娘の方が4歳年上だが、貴族の世界では珍しい話ではない。ただ、トーマスはベアトリスが手元に置いて可愛がっている子だ。ヒースの独断で、縁組を決めれるとは思えず、ハンナは確認したのだ。さもなくば、恐ろしい報復を受けることになるからと。
しかし、ヒースは首を振った。但し、それはベアトリスの許可を得ていないからではなくて、相手はトーマスではないということだった。
「実はな……我が父上に隠し子が3人いるのだ」
「か、隠し子ですか?」
その言葉には、ハンナのみならずブレンツ男爵も驚いて目を丸くさせた。だが、ヒースはそのことを一先ず置いて、話を先に進める。
「そのうちの一人が、御令嬢と同じ10歳なのだ。ワシとしては、その弟をこの子爵家の婿にしたいと考えている」
そのうえで、ヒースは手招きしてエーリッヒを呼ぶ。
「あの……何の御用でしょうか?」
ここまでの話は全部聞いていた。聞いていたうえで、エーリッヒは何故呼ばれたのか理解ができなかった。自分には関係のない雲の上の話。この席に連れてこられたのも、ヒースの道楽なのだろうと推測して、気楽に構えていたのだ。
しかし、そんな彼の思惑を飛び越えて、ヒースはその肩に手を置いて、二人に紹介する。
「この子がその弟だ。どうかな?中々にかわいい子だろ?」
御令嬢が気に入るといいがといたずらっぽく笑うヒースに、ハンナもブレンツ男爵も、そして、当事者たるエーリッヒも……事態が呑み込めず、唖然としたのだった。
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