第76話 悪人は、妹に発破をかけられる

「お兄様!今日もディアたちと遊んでくるので、そのままお部屋に帰りますわ」


『王太子のおねしょ事件』から1か月が既に過ぎている。あの後、どういうわけかクラウディアたちと仲良くなったカリンは、こうして毎日のように遊びに出かけている。その都度こうして態々ヒースの教室までやってきて伝えるのは、彼女が少し成長した証だ。


何でも、そのクラウディアたちに『子供の作り方』というのを教えてもらったそうで……あの隠れ家に行かないのであれば、伝えておかないと思ったらしい。


「ねえ……まだできないのかな?赤ちゃん……」


思わず吹きそうになるが、どうやらカリンは甥か姪が誕生するのを心待ちにしていて、今日は行かないから、ちゃんと作ってもらいたいと思っているようだ。性教育は確かに必要ではあるが……「やるからにはもっときちんと教えろよ」と、ヒースはクラウディアたちに言いたかった。


それでも、こうして彼女が楽しそうに学院での生活を過ごしているのは、ヒースにとっては何より喜ばしい話だった。だから、この先クラウディアが本当に王太子妃、さらには王妃を目指すのであれば、支援しなければならないとも考えていた。しかし……


「そういえば、あいつは来ていたのか?」


「ううん。今日も休んでたわ」


どうやら、王太子のメンタルはズタボロになったようで、あれからずっと学院を休んでいた。まあ、婚約者の家に泊まりに行って『おねしょ』をしてしまったのだ。自業自得とはいえどもヒースは同情した。ちょっとやり過ぎたのかなと思わないわけではない。


「あ……そろそろ、行かないと。それじゃ、お兄様。エリザ様とよろしくね」


「男の子でも女の子でもどっちでもいいからね」と言って走り去って行くカリンに、今日もクラスメイト達がどっと笑った。そして、ほぼ同じタイミングで、ルドルフが怪しげな液体の入った小瓶をスッと差し出してきた。


「これは一体……」


「マムシドリンクさ。お爺様が女たちを抱くときに愛用していてね。少し分けてもらったんだ」


だから、1本譲ってやろうと言うルドルフ。ヒースは受け取りを拒んだ。


「あのな……これは老いてアレが衰えたら使うアイテムだぞ。今からこれに頼っていてどうする?」


悪いことは言わぬから、ユリアと関係を持つときは絶対使うなよと助言した。その時点で憐れみを受けることになると。ルドルフは目を丸くして言葉を詰まらせた。


「ヒース様、そろそろ……」


「ああ、悪いなエリザ。それじゃ、行こうか」


どこへとは言わない。行き先は地下の隠れ家だ。今日はカリンが来ないため、朝までじっくり愛し合えるとヒースは思いながら席を立とうとするが、そのとき何台もの黒塗りの高級馬車が玄関先に停車した。そして、中からは正装姿の貴族たちと官吏の姿をした男たちが降り立ってはそのまま建物に入っていった。


「あれは一体なんだ?」


ヒースはルドルフに訊ねるが、彼もわからないようで首を左右に振った。だから、ヒースはこの話題を打ち切って、予定通りに地下の隠れ家に足を向けた。しかし、その入り口の所で、さっきやってきた連中によって行く手を阻まれてしまう。


「おい、そこをどけ!」


ヒースは苛立ちを抑えることなく、そのままその男たちにぶつけたが、道をあけてくれる気配はない。いっそのこと、強行しようかと思ったその時、学院長が姿を現した。


「これは、ルクセンドルフ伯爵閣下。一体、何をなさろうとされましたのかな?」


「知れたことよ。地下のワシらの部屋に行こうとしたまでよ。こやつらを排除してな!」


そうしている間に集まってきた地下の利用者たちを前に、ヒースは力強く言い放った。だが、学院長は首を振った。


「おやめなさい。この方たちは、陛下の勅命で参られた宮内省の方々ですぞ。手出しすれば、反逆罪に問われるかと」


「なに!?」


その言葉に、ヒースは思わず声を上げた。他の連中もざわつき始めていた。すると、その後ろから突然声が聞こえてきた。


「ここは、王国の未来を創る場所。そこが乱れていたら、国も乱れますからね。このわたしが父上に申し上げたのですよ。このようないかがわしい温床となる場所は閉鎖するようにと」


「おまえは……」


そこに現れたのは、王太子ハインリッヒ。とても意地の悪い笑みを浮かべながら、ヒースと対峙するのだった。

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