第77話 悪人は、暗殺を見送る

(さて、どうするか……)


ヒースは考える。これで、今度こそこの『寝小便太子』を殺すことを決めたかったが、今殺って問題ないかということを。


しかし、答えは否だった。流石にここで殺れば、流石に王家への反逆は誰の目にも明らかであり、後始末が面倒になる。そう思って、ここは一旦引き下がることにした。


「おや、逃げるのですか?」


エリザと共にこの場を去っていくヒースをあざ笑うかのように、ハインリッヒは勝ち誇ったように声を上げた。もちろん、イラっとしたが、ヒースは相手にしない。戦う場を間違えれば、勝てる戦も勝てぬのだ。そして、そのまま教室に戻った。


「なあ、ルドルフ。仮の話だが、ハインリッヒ王子が廃嫡されたら、誰が跡を継ぐことになる?」


1階の騒動を聞いた後で動揺していたルドルフは、急に告げられたその言葉にギョッとする。もしかして、ヒースは謀反を考えているのかと。だが、それでもきちんと返答した。


「王弟殿下であらせられるリヒャルト殿下だろうな。今の時点では……」


将来、今の国王に子が生まれれば話は変わってくるが、とルドルフは前置きしたが、ヒースは眉間にしわを寄せた。他に従弟とかいないのかと訊ねるが、名声、実力ともにリヒャルトには及ばないとルドルフは言う。


(ふむ……そうなると、殺すわけにはいかないということか……)


もし、リヒャルトが即位すれば、その後継者はルキナとなり、ヒースはその王配となりかねない。いや……ヒース自身も順位が低いとはいえ継承権を持っていることから、場合によっては自身が即位することだってあり得る。しかし、それは彼の望むところではない。


トップに立てば、謀反を起せなくなるから面白くないのだ。


ゆえに、非常に不本意だが、今回は殺すのは止めて泳がしておくことにする。あれだけ上級生を敵に回したのだ。自分が手を出さなくても、そのうちボロが出るだろうとも考えて。


「ヒース様……あの……」


モジモジしながら、「今宵はどうしましょう」と訊ねてくるエリザはとても可愛かった。3年前に悩んでいた胸の大きさも、ルキナほどではないがマチルダやビアンカよりかは大きく育っていた。どうやら、臭いのを我慢して牛のミルクを日々飲んだ甲斐はあったようだ。


「何も問題はないだろ?ワシらにはもう一つの隠れ家があるのだから」


それは、この王都にある『ルクセンドルフ伯爵邸』のことだ。伯爵位を継承するにあたって、ヒースが受け継いだ物の一つであり、実の所、その屋敷までは寮の1階にある掃除用具置き場から地下道が母親が在学した時代に整備されているのだ。すでに何度かはそこでいたしている。


「そちらの方は承知しましたが……あの愚か者には鉄槌を下さないので?」


「【揚羽蝶】はいつでも出動できますが?」とエリザは告げる。今度こそ首をかき切って、初代国王の剣先に突き刺すことだってできると。だが、ヒースは首を振った。そして、先程出した結論を説明した。


「それじゃ……国王になりたくないから、殺さないと?」


「まあ、そういうことだな」


「別になればいいのに……」


「エリザ?」


「だって、あんな阿呆が国王になるよりかは、ヒース様がなった方が全然いいと思いますから。敵には容赦ないですけど、味方にはとても慈悲深いですし……」


エリザは自分の気持ちをハッキリと伝えた。その言葉に「それもそうだな」とヒースは同意しかけた。確かにあんな阿呆が王になった国に未来があるとは思えない。それならば、自分がなった方が確かにマシだ。


「殺るか?」


手を下すのであれば、早い方がきっと良いだろう。そう考えて、エリザから作戦の説明を受けようとした。だが、そこにルキナが駆け込んできた。


「ヒース!ごめんなさい!!父を通して何とかしてもらうから……」


だから、どうか殺さないで欲しいと再び土下座して命乞いをした。あんな阿呆でも、どうやら弟には違いないようだ。


「わかったよ。地下室の件を何とかしてくれるのであれば、ワシの方からは何もせぬよ」


「ホント!?」


「ああ……。だけど、関係ない上級生を巻き込んだのは奴だ。だから、そっちの方は知らんぞ。ケジメもいるだろうしな」


ヒースはそれだけ言って、エリザと共に教室から去っていく。


「それじゃ、後ほどな」


ヒースはそう言って一先ず別れた。1時間後に掃除用具入れで落ち会い、伯爵邸で一夜を過ごす。カリンの期待に応えるつもりはまだなかったが……。

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