第78話 悪人は、謀反の旗頭に推される
あれから1週間が過ぎた。しかし、地下室の封鎖は未だに解かれていない。
「なあ、ルキナよ。話が違うのでは?」
「ごめんなさい!あと、2日……いえ、1日の猶予を……」
今日も弁明に訪れた彼女に、冷たく言い放つヒース。とはいっても、事情を全く知らないわけではない。【揚羽蝶】から日々上がってくる報告によって、この王都で起っていることで知らないことは何もないのだ。
(まさか、宰相が肩入れするとは思ってもみなかったが……)
どうやらハインリッヒは、婚約者の祖父と手を結び、反発する上級生たちの口を黙らそうとしているようだ。そして、そのことが外戚派の反感を買って、今やこの問題は宮廷で国王を前に議論されるほどの重大案件になっているのだ。
ゆえに、この状態では流石に王弟リヒャルトが口添えしたとしても、どうにかなるものではないということはヒースも理解していた。だが、彼自身もそんなことを言ってはいられない状況に置かれている。
「なあ、ヒース。いい加減にあの糞王子、殺っちゃおうぜ!どう考えても、おまえが王になった方がこの国は良くなるんだからさ!」
そう誰にはばかることなく謀反を勧めてくるのは、外戚派の領袖であるティルピッツ侯爵の孫であるルドルフだ。そして、彼がそう言っているということは、外戚派はヒースを担いで王家に逆らうことを水面下で決めたということに他ならない。
つまり、こんなアホみたいな子供同士の喧嘩が、王国を二分する内戦に発展しようとしている。最早、悠長にルキナだけに任せるわけにはいかなかった。
「エリザ。昨日決めた作戦の発動を命じる」
「心得ました」
ヒースの言葉を承って、エリザはスッと何処なりへと消えた。
「一体……何をする気なの?」
「最早、ここまで騒ぎが大きくなっては、王太子をそのままにするわけにはいかぬだろう。しばらく病になっていただく」
「病に?」
そして、寝込んでいる間に彼の周りで今回の騒動を煽っている近臣たちを全て殺して、空気の入れ替えを行うとヒースは言った。そうすれば、いずれ目が覚めたとしても、手足になって動く者がいないのだから、以後は大人しくなるだろうと。
「殺すのは、宮内大臣のホルメス伯爵とその二人の息子、王太子付侍従官ハーマンとヘルテル、家庭教師のアグネス女史、王宮付司教のルーベに御用商人のランブラン。あとは学友としてこの学院に送り込まれた取り巻き連中にも死んでもらうつもりだ」
ヒースは、王太子が眠っている間に死ぬことになる者たちの名を挙げた。確かに、これらの者が全ていなくなれば、王太子は手足も頭脳も資金源も一気に失うことになる。
「それでだ、ルキナ。その際に手伝ってもらいたいことがある。詳細はここに書いているから後で見ておいてくれ」
依頼するのは、罪をかぶせる者たちへの【記憶操作】だ。ルキナは何となくそれを察するが、ここにはルドルフがいるため、口に出さない。そして、その上でヒースは、これが最後の機会だと念を押すように告げる。
「まあ……それでも大人しくならない様なら、わかるよな?」
この上抗うようなら、最早打つ手はない。今度こそ容赦することなく王太子ハインリッヒをあの転生神殿へ送り出すことになるとヒースは言った。一方、そうならないために、ルキナは弟を必ず改心させると誓った。
「なあ、ヒース。ローエンシュタイン公爵は殺さないのか?」
今回の一件では、公爵が後ろ盾になっているからこそ、騒動が大きくなっているのだ。だから、より確実に王太子の力を削ぐのであれば、そうすべきではないかとルドルフは言う。しかし、この意見にヒースは同意しない。
「公爵まで殺してしまえば、宰相派は後には引けなくなって徹底抗戦するしかなくなるだろう。そうなれば、この国は一気に内戦に突入するが……おまえはそれでもいいのか?」
「そ、それは……」
そんなことになれば、周辺諸国を喜ばせるだけだということは、ルドルフも理解できた。だが、それでも外戚派の領袖であるティルピッツ侯爵家の者としては、長年、目の上のたん瘤だった公爵がいなくなれば……と思わずにはいられなかった。どうしても、不満な気持ちが態度に出てしまう。
すると、ヒースはため息交じりで彼に語る。
「……折角できた妹の友人を泣かせるような真似はしたくない。だから、公爵の命は取らない。これが本音だ」
だから、ここは折れてくれと。ルドルフは、それ以上何も言えなかった。
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