第79話 悪人は、鉄拳制裁を加える
「さて……エリザ。もう出てきていいぞ」
「え……?」
ルキナが教室から去って行ったのを見届けて、ヒースが声を掛けると、暗殺に向かったはずのエリザがそこに立っていた。その突然姿が見えた光景に、この場に居合わせたルドルフは驚きの声を漏らした。
しかし、そんな彼のことなど放置して、ヒースはエリザに問う。今のルキナは【洗脳】されていると思うのかと。彼女は「おそらく」と答えた。
「この夏以前のルキナ殿下なら、ヒース様が王太子を殺すと言えば、自らの手で処置して我らにその首を献上していたはずです。それほどまでに、ヒース様のことを慕われておりましたから。ですが……」
不思議なことに今の彼女は、哀れなまでに執拗に命乞いをしているのだ。それがヒースの意にそぐわないにもかかわらず。エリザはそのことを指摘して、【洗脳】スキルが使われているのではないかと言った。これまでのルキナを知る限りでは、心変わりなど考えられないと。
「ちょ、ちょっと待てよ。普通に弟のことを心配しているだけじゃないのか?俺にはそんな風には……」
「ルドルフ。そもそも、おかしいとは思わないか?ルキナが王太子の姉という話は本来秘匿されるべき話のはずだ。おまえはどうしてそれを知った?」
「そ、それは……ルキナ殿下がここでおまえに必死で命乞いしているからな。流石に気がついたよ」
「そうそれだ。本来、秘匿しなければ、彼女の身は危ういものなのだ。ゆえに、これまでの彼女なら絶対に誰か人目がある場所では、無関係を装っていたはずだ。それなのに……」
このところのルキナは明らかにそんなことを忘れているような行動が目立っているのだ。【揚羽蝶】からの報告では、カリンに夜伽を命じたという話を聞いた彼女は、ハインリッヒを訪ねて諫め、そして、身を隠すことを助言したという。
「いつ、どこで【洗脳】のスキルを使ったかは知らぬが、きっとこの後ルキナは、さっきの話をハインリッヒに伝えるじゃろう。何しろ、それだけの駒を失えば、ハインリッヒにとっては痛いどころの騒ぎではないからな。……だが、それこそが罠よ」
ヒースはそう言って、本当の狙いはその際にハインリッヒのスキルを永遠に封じることだと告げた。ルキナからヒースの計画を聞かされれば、その瞬間、ハインリッヒは自分の計画が上手く行っていると確信して隙が生まれる。そこを狙うと。
「すでにヤツのいる地下室の入口には、エリザの手の者が潜んで居る。その者が【スキル封じ】の毒を塗った針を首筋にお見舞いすることになっておるが……」
もうそろそろ使いが来る頃だろうとヒースが語っていると、本当にスッとそれまで誰もいなかった場所に人が現れた。胸が膨らんでいることから、それは女だとルドルフは気がついた。
「ヒース様、エリザ様。計画通りに上手く行きました。どうぞ、ご出座を」
「わかった。それではエリザ。参ろうか」
ヒースが語り掛けるとエリザは頷き、そして、二人はそのまま教室を出て行った。ルドルフはその後を追って行動を共にする。すると……
「き、貴様は……」
毒針を打ち込まれた首筋を押さえながら苦悶の表情を浮かべて、それでもヒースを睨みつける王太子ハインリッヒの姿がそこにあった。だが、自分の身に何が起こったのか、まだ正しくは理解できていない。
「う……あれ?何でわたしはここにいるのよ……」
そのとき、ルキナが痛む頭を押さえながら声を漏らした。洗脳が解けたばかりで、まだ頭の中は混乱しているようだが……ヒースの姿を見るなり、よろよろと歩み寄ってきた。
「大丈夫か?ルキナ」
ヒースは、邪魔しようとした役人たちを強制的に眠らせて、彼女の下に駆け寄って抱き支えた。そんな彼女はヒースに言う。
「ごめんね。何かたぶんだけど、わたしヘマしちゃったんでしょ。頭の中がモヤモヤまだしているけど……ごめんなさい」
ルキナはヒースの耳元で、力なく謝罪の言葉を伝えた。そんな彼女の肩をポンポンとヒースは優しく叩いて、そのままエリザへ委ねる。「後は手筈通りに」と告げて。
「さあ、殿下。お部屋に戻って休みましょう」
「ありがとう。あなたにも迷惑をかけたわね」
エリザとルキナはそう言い合いながら、ヒースとハインリッヒを残してこの場から去っていく。ヒースにとっては予定通りであり、特に何の感情も抱く必要がない場面であったが、ハインリッヒにすれば……そうではなかった。
「姉上!お待ちを!!」
声を張り上げて、最早後ろ姿しか見ることができない姉を呼び止めようとするが……その声は届かない。さらには、再び【洗脳】のスキルと使おうともしたが……
「何故だ!なぜ……?」
何時まで経っても発動することはなく、やがて二人の姿は見えなくなった。そして、そんな哀れな少年にヒースは慈悲の心で……その整った顔をぶん殴った。
「き、貴様!王太子である俺に……なにをするか!」
じんじんと痛む頬を押さえて、ハインリッヒは声を上げた。しかし、その瞬間もう一発殴られる。衝撃で床に転がり、同時に前歯が折れて吐き出した血と共に口から出てきた。立ち上がろうとすると、今度は横腹を蹴られて強制的に仰向けにされてしまう。
「ま、待ってくれ……」
そのままヒースに馬乗りにされてしまったハインリッヒは、事ここに及んで恐怖を感じて命乞いをするが、ヒースは待ってくれない。ひたすら殴り続けた。
「ごべんなざい……もうじないがら、ゆるじで……」
「お、おい!ヒース!もうその辺でやめておけ!!」
その余りにも一方的で苛烈な光景に、ルドルフが溜まりかねて止めに入った。おまけに彼も2、3発殴られたりもしたが、それでも諦めることなく説得した甲斐もあって、やがてヒースの暴力は止まった。
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