幕間 女傑は、追い詰められて教会に火をかける
アドマイヤー教の信者たちが反抗の拠点とした西三番町の教会は、夕日が傾く今現在、ガモット家が雇い入れた大勢の傭兵たちによって完全に取り囲まれていた。
「はあ……ここまでかねぇ……」
そんな景色を眺めて、ため息交じりで呟くのはクリスティーナだ。傍には、ヒースから預かったローゼマリーとアルフォンスがおり、何とか彼らだけでも逃がしたいと思うが、もはやそれもできないことを悟った。
何しろ、残っている信徒はおよそ百名余り。しかも、全員何かしらの怪我をしているとあっては、もはや戦いにならない。
「降伏の呼びかけはないのかい?」
「ありませんね。しかし、あってもしないのでしょ?」
「まあ、そうだな。それは、おまえさんたちもそうだろ?」
「ええ……あっしらは、どこまでも姐さんについていくと決めましたから……」
ここまで彼女の立てた作戦を何も言わずに遂行してきたヤクザの親分は、血や泥で汚れた顔のままでニッコリ笑い、「少しでも時間を稼ぐので、その間に……」と言い残して部屋から出て行った。だが、時間を稼ぐのは、逃げてもらうためにということではなかった。
クリスティーナは覚悟を決めて、ローゼマリーとアルフォンスに頭を下げた。
「ごめんね、二人とも。わたし……守ってあげられなかった」
「お姉ちゃん!何言っているの!?頭を下げないでよ……」
「そうだよ!お姉ちゃんは僕たちを必死に守ってくれたよ。ありがとうしか言葉はないよ!」
「……二人とも、ありがとう」
幼い姉弟に慰められて、クリスティーナの瞳から自然と涙がこぼれた。だが……そのとき、階下から争いの声が聞こえた。そのため、敵がここに来る前にと彼女は首にかけたロケットから錠剤を取り出した。こういう日が来たときに備えて、それは3つあるが……毒である。
「さあ、二人ともこれを飲んで」
「「うん」」
ローゼマリーもアルフォンスも全く怯えることなく、その錠剤を受取った。そして、クリスティーナと共にそれを口に入れようとしたその時……
「待ってくれ、姐さん!味方だ!強力な味方が来てくれたんだ!!」
さっき部屋から出て行ったはずの親分が大きな声を上げて、クリスティーナたちが服毒しようとするのを止めた。そして、その背後にはかつてハインリッヒの腹心として悪事を働き追放されたはずのゲレオンが立っていた。
「え……?味方って、そいつのこと?」
確かに彼は出家させられて、アドマイヤー教の僧になったはずだから、ここにいてもおかしくはないが、だからと言って『強力な味方』とは言い過ぎではないかとクリスティーナは訝し気に視線を送る。どう取り繕っても、『役立たずのごく潰し』にしか思えない。
すると、その視線に気づいたのか、ゲレオンは首を左右に振って道を開けた。そして、その代わりに彼の兄が現れる。ヒルデブラント伯爵家の世子ハインツだ。
「大して変わりないじゃない……」
「相変わらず、手厳しいですね。しかし、クリスティーナ様。時間がないので手短に申し上げますが……この教会の中庭に井戸がございます。どうかそこから地下水路へお入りください」
「地下水路?そんなところに入ってどうするのさ。いやだよ、そんな臭そうな場所を死に場所にするなんて」
「その点はご安心を。現在、王都の地下水路は我が義父、ブレンツ伯が完全に掌握しております。快適に過ごすことができる場所もありますので、どうか……」
そう言って、頭を下げるハインツの「ブレンツ伯」という言葉に、クリスティーナは思い当たった。それはかつて、南のバタンテールが魔王軍の侵攻を受けた時、長きにわたって地下水路に立て籠もって勝利する日を待ち続けた英雄の名であることに。
「なるほど……ゲリラ戦を仕掛けているのだね?」
「そのとおりです。なので、どうか……」
「わかったよ。わたしもこの子たちを死なせたくないからね。ひとつ乗らせてもらうことにするよ。でも……」
クリスティーナは親分を見て、「あんたらも来るんだよ」と言った。地下水路に逃げ込む間の時間稼ぎをするつもりだろうが、それは許さないと。
「しかし……そうはいうが、どうするつもりなんですか?」
「そうだね……こうするのさ」
側にあった燭台を手に持ち、クリスティーナは部屋のカーテンに火をつけた。火は瞬く間に激しく燃え上がった。
「なるほど……この教会を燃やすのですね?」
「ああ、そうだ。すると、敵はこう思うだろう。わたしたちは皆、この教会で集団自殺を図ったとね。幸いなことに中庭は外から見えないから、逃げても気づかれはしないはずだ」
だから、「燃やせ燃やせ」とクリスティーナは教会のあちらこちらに火をつけた。ストレスが溜まっていたのか、とても楽しそうな笑みを浮かべて……。
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