第272話 悪人は、情報のすり合わせをする

「それでは、戦われるお覚悟ができた……そう考えて、よろしいのですね?」


一通り、折檻された後、ここに来た事情を説明したヒースに、エリザは確認するように訊ねた。半ばこの魔王城に居を移すことも考えていたようで、答えを聞いた彼女は、どこかホッとしたような表情を浮かべた。


「それで、早速なのだが……ルキナとカリンをリートミュラー領に連れて行きたい。アカネ……転移魔法陣はどれくらいで用意できるか?」


「3日もあれば……」


「明日中に何とかしろ」


「えっ!?」


いくらなんでもそれは無理だと声を上げるアカネにヒースは言う。「時は金なり」と。


「あまり悠長に構えていては、こちら側にあるいくつかの有利な条件を失いかねないのだ。無理を言っているのは承知しているが……頼んだぞ」


「……頼んだぞって、はぁ……拒否権はないのね」


仕方ないなぁとアカネは、隣にいたクレマンを連れて部屋から去って行く。しかし、そのときヒースは目ざとく見た。この二人が手を繋いで出て行ったことを。


「なあ……リリス。あの二人、そういうことなのか?」


「まだ甘酸っぱい恋のようだけど……そうみたいよ」


「そうか……」


それなら今回の件が片付いたなら、盛大にからかってやらねばと、ヒースは意地悪な笑みを浮かべた。ただ、その一方で少し寂しさも感じる。そう……まるで、娘に恋人ができたような感覚に近いのかもしれない。


「ヒース様……」


「ん?ああ、そうだな。今はそれどころではなかったな」


これからの作戦については先程説明した通りであったが、何しろおよそ10日ぶりの再会なのだ。より成功の確率を上げるために、互いに持つ情報を交換する必要があった。


「それで、ここに逃れることができたのは、エリザとルキナとディア、それに子供たちにリヒャルト一家、ストロー伯爵とアスマン将軍以下、王都防衛軍の将兵たち……以上なのだな?」


「はい……何しろ、急な話でしたので……」


「スターナイト・シスターズは今、地方公演だな。ディアナはそっちで、マリカは元々ブレンツ領にいるから関係ないな。そういえば……クリスティーナは?」


「クリスティーナさんは合流できそうにないと、早々にローゼちゃんとアル君を連れて、王都のアドマイヤー教の拠点に向かわれたようです。届けられた手紙には、できるだけ搔きまわして見せると書かれていましたが……」


「心配だな。リートミュラー領に届いた知らせでは、どうやら劣勢のようだし……」


「そうですか。無事だといいですね……」


そのエリザの言葉は、この場にいる誰もが同じ思いだろう。いくつかため息が零れもした。


「あの……父や祖父は?」


「ディア……」


「何か情報はありませんか?何でもいいんです。例え……すでに亡くなっているという話でも……」


おそらく、この魔王城に逃れてから今日まで、ずっと気が気でならなかったのだろう。クラウディアが一歩前に出て、まるで勇気を振り絞るように訊ねてきた。だが、ヒースは首を左右に振った。その消息は今の所、届いていないとして。


「そう……ですか」


「落胆するなよ、ディア。亡くなったという知らせがないということは、少なくとも敵の手にはかかっていないということだ。何しろ王都では、ワシに味方して殺した者たちの首を城門に晒していると聞く」


それゆえに、首が確認できない今は、どこかで戦っているか、あるいは潜んでいると推測できるとヒースは励ました。もっとも、乱戦の中でただ特定が追い付かないだけの可能性もあるが、そのことは口にしない。


「さて……あと確認することは……」


「殿下。おそれながら……ハインリッヒ陛下の消息は何か伝わっているのでしょうか?」


「アスマン将軍……」


その質問に、そう言えばどうしてこの男がここにいるのかとヒースは不思議に思った。てっきり裏切ると思って準備をしてきただけに、違和感を覚えていた。


しかし、そもそもトーマスは反乱に加担してなく、しかも、その反乱も王都の連中とは関係のない所で起こったことだったのだ。つまり、将軍がこちら側にいたとしても何らおかしなことではないと気づき、ヒースは知り得る情報を説明した。


すなわち、行方不明と。


「行方……不明なのですか?討たれたのではなく?」


「連中は討ったと宣言したようだが、首は晒されていないそうだ。それに、実は離宮に忍び込ませていた手の者から報告があった。ラクルテル侯爵の兵が乱入した直後に、二羽の白鳥が西に向かって飛んでいったと」


「白鳥?」


「それは一体何のことだ?」と首をかしげるアスマン将軍にヒースは言った。二人は変身術のスキルを使って、白鳥に化けて逃れている可能性があることを。


「無論、そうでない可能性もあるし、それに……そのスキルは、変化してから24時間後に術が解けるが、同時にそれまでの記憶を失うらしい。生きていても……もはや、王とはいえぬだろうな」


「そ、そんな……」


全てを聞き終えたアスマン将軍は、愕然として膝をつき涙を流した。どうしたことかとストロー伯爵に訊ねると、将軍は亡きユリウス王の腹心で、その間際にハインリッヒを託されていたそうだ。


(つまり……この男は、唯一無二のハインリッヒの忠臣ということか)


道理でこちら側に付くはずだと理解し、号泣する将軍の横でヒースは謎が解けたと得心するのだった。

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