第271話 悪人は、この世界でも一向一揆が起こったことを知る

それから3日経ち、ヒースの体力と魔力はようやく回復した。


「それにしても……一向一揆か」


そして、その間にも王都周辺では情勢が動き、今朝届いた知らせには、ローザが義輝を『仏敵』と名指しして、全信徒に立ち上がるように呼びかけたということだった。その続きには、国内外から集まった十数万の民衆が王都に向けて行進を開始したと。


「しかし……相手は義輝ですからね。例えその数で押し入っても、果たして勝てるかどうか……」


「そうだな。これがもし全員が正規軍の兵士であっても、実力だけ考えればヤツの敵ではないことは確かだ。だから、ワシはヤツが攻撃をためらうように仕向ける一手を……この手紙で打つとしよう」


そう言ったヒースは、丁度タイミングよく入ってきた使用人に一通の手紙を手渡した。アーベルが誰宛なのかと訊ねると、それはオリヴィア宛だという。


「彼女に頼まれて、ハインリッヒの子を匿ったことを考えれば、義輝は浅からぬ恩を感じているということだろう。そんな彼女が一揆の先頭に立ち、今回の行いを非難したらどうだ?」


「なるほど……流石の義輝もすぐには攻撃をしないということですか」


「絶対とは言わぬが、その可能性は大だろうな」


そして、双方がにらみ合い事態が膠着すればするほど、ヒースにとってはプラスとなるのだ。今日これから魔王城に転移して作戦開始の準備を始めることになるが、そもそもルキナたちを連れ戻るには、【転移魔法陣】が必要であり、時間はもう少しかかると思われた。


「しかし……オリヴィア嬢は、引き受けますかね?」


「引き受けなければ、どのみちティルピッツ家もおしまいだ。彼女自身はもしかしたら、ためらうこともあるかもしれんが……その辺りはルドルフに期待しようではないか」


世間一般的に、ティルピッツ家はヒースの与党と見られており、その影響で先代のウィルバルトも殺されたのだ。そのことを正しく理解できていれば、ルドルフは間違わないだろうとヒースは言った。


「さて……そろそろ行くとするか。アーベル、こちらのことは任せたぞ」


これで粗方段取りができたとして、ヒースは「万事お任せを」というアーベルに見送られて、『転移の指輪』を始動させた。すると、景色が一変し、魔王城のホールに到着した。


「大魔王様!?」


しかし、そこにいた者からすれば、突然ヒースが現れたことに驚くのも無理のない話で……ホールは騒然となった。だから、ヒースは皆を落ち着かせるためにからかうように言った。「そんなに驚くところを見ると、さてはワシの悪口でも言っていたな」と。


「いえいえ、滅相もございません!アカネ様とは違って、わたくしどもはお仕えすべきお方の悪口など申しませんよ。まして、『魔王様の紐旦那』などとは……」


「ひ、紐だと!?ほう……その言葉からすると、あの糞蜘蛛は、言っておるのだな?」


「あ……」


自らの失言に気づいて、その使用人は「しまった」という表情を浮かべたが、後の祭りだ。ヒースは「お仕置きをしなければならぬようだ」とだけ言い残して、ホールを後にした。そして、左程の時間がかからぬうちに、そのアカネと出くわした。


「あ……生きていたのね?てっきり、お迎えが来たのかと思っていたのだけど」


「おまえのせいで、あの世の信長から茶会の誘いを受けたわ。……よくもあのときはやってくれたな!しかも……紐旦那とはなにごとだ!」


本当はそんなしょうもない争いをする余裕はないのだが、カッとなっていたヒースは完全にここに来た目的を忘れて、アカネにお仕置きをしようとした。しかし、黙ってそれを受ける彼女ではない。


「むっ!?逆らうか!」


「あたりまえでしょ!いきなり【四十八手】でわたしを犯そうとするなんて!白昼堂々、しかもいつ誰が通るかわからないこの魔王城の廊下で、何をするのよ、この変出者!!」


別にそんなつもりはなかったのだが、ヒースがやろうとした『お尻ペンペン』の刑はアカネからすればセクハラ以外の何物でもない。そして、その声に釣られて、エリザたちもこの場に現れた。いずれも突き刺さるような冷たい視線を向けて。


「エ、エリザ……あの、これは違うんだ」


「違うのですか?でも……それならその右手はなぜ、アカネさんのおっぱいを触られているので?」


「えっ?」


よくよく考えれば、お尻ペンペンをするためには、アカネを抱える必要があり、それを阻止しようとした攻防の中で、今、現在進行形でヒースの右手は彼女の右胸を鷲摑みにしていた。これは、どう取り繕おうとしても、言い訳できそうにはなかった。

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