第270話 悪人は、「打倒義輝!」に向けて始動する
「さて……そうはいったものの、どうしよう……アーくん」
夕日が差し込む部屋で、ヒースはアーベルに献策を求めた。何しろ、『気合と根性と貫くべき正義』があれば勝てるような相手ではないのだ。しかも、このうち『貫くべき正義』は持ち合わせていないのだから、より勝ち目はないことは確かだ。
しかし、そうやって頭を抱えているヒースとは異なり、アーベルはどこか余裕を見せていた。
「もしかして……何か思いついたのか?」
「はい。先程、ベアトリス様が言われていた『偽首』にヒントを得たわけですが……」
アーベルは言う。偽のヒースを仕立てて縛り上げて、義輝の前に差し出し、油断を誘ってはどうかと。
「ルキナ殿下は、記憶操作ができるのですよね?」
「ああ、そうだな。ハインリッヒは結局、最後までルキナを実の姉と思い出すことはなかったようだから、実力としても中々の者だろうな。つまり……偽者にワシの記憶を植え付けるということか?」
「仰せの通りです。あとは、【陽炎衆】の力でお義兄さまの姿に化けさせれば、そう容易く見抜かれることはないでしょう」
あとは、その場に何らかの形でテオを潜ませておき、隙を見せた瞬間に背後なりから襲わせれば、もしかしたら討てるのではないかとアーベルは言った。
「しかし、そうなると問題は番犬の存在だな?」
「宮本武蔵……ですね。ただ、この者は勇者と違って剣の腕前が優れているというだけでしょう?それなら、対処のしようもあるかと」
そして、そのために彼が一人になるように仕向ける工作を図るべきだと提案した。それは、【歩き巫女】を使うなりすれば、可能ではないかと。
「しかし、色気仕掛けはすでに一度使ったぞ。そう何度も引っ掛かるのか?」
「それについては、ご心配には及びません。こちらを……」
「ん?これは……」
手渡された報告書に目を落として、ヒースはアーベルの言葉が正しいことを理解した。そこには、アムール連邦での武蔵の行状が事細かく記されており、義輝と別れて留まった後、女遊びに現を抜かして、挙句莫大な借金を背負うことになったとあるのだ。
「借金はガモット財閥が肩代わりしたようですが、そこに記されているほど遊んだ男が果たしてそう容易く女遊びを止めることができるでしょうか?」
「それは……無理だな。たった2年の間に関係を持った女の数は百人越えとは、ワシ以上ではないか。ここには『本人曰く、前世で禁欲生活が祟ったからだ』と言い訳するように書かれているが……これはもう病気だ」
それゆえに、このアーベルの提案は上手くいくだろうと考えて、ヒースは実行を認めた。そして、そのうえで腹案を述べた。すなわち、この武蔵を亡き者にした後、テオに変装させて、成り代わらせてはどうかと。
「その方が義輝も油断しているだろうし、絶望を与えられるだろう?何しろ、この世界で唯一信じている男なのだからな」
そのときの義輝を是非見たいものだと高笑いするヒースに、アーベルはドン引きした。だが、最悪の死に方を与えたいという個人的な思惑を除き、確率で考えれば、悪くはない案だ。
「では、義輝討伐については、その案で行きましょう。あとは、その後の話ですが……」
何しろ、クーデターを起こした主犯は、フィリップ王子を担ぎ出したラクルテル侯爵とヘルモント子爵らガモット財閥の者たちなのだ。義輝を倒したところで、彼らを排除しなければ、政権を奪い返すことはできない。
「お義兄さまは、テオ義兄さんが義輝を討った後、王都に残るアドマイヤー教の信者たちを率いて王宮に乗り込んでください。誰もが我々こそが勝者であることを理解できるよう、思いっきり派手に」
「わかった。それならワシは、頃合いを見て連中のアジトに行くこととしよう。ただ、そのときはエーリッヒを連れて行くぞ」
「エーリッヒ君をですか?しかし、彼は重傷なのでは……」
「どのみち、記憶操作の際はルキナを呼ばなければならないのだろう?それなら、当然カリンもこちらに来られるようになるではないか」
「あ……!」
それもそうでしたねと、アーベルはその発言の正しさを認めた。カリンの治癒魔法なら、エーリッヒの骨折もきっとたちどころに治るだろうと。
但し、作戦の開始はあくまでもヒースの体力・魔力が回復するのを待たなければならない。そもそも、魔王城に転移できるだけの力を取り戻すことができなければ、今の作戦内容も伝えることができないのだ。
「みんな、無事だといいですが……」
「そうだな」
魔王城からも未だ何も知らせは届いていない。だが、生きていると信じて、ヒースとアーベルはこの後も作戦を細かく詰めていくのだった。
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