第273話 悪人は、美人局で暗殺する
「やばい!武蔵が出てきたぞ!」
「退却だ!早く、皆逃げろ!!」
自分が現れた途端に蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く敵の姿を見て、「またか」と武蔵は苛立つように吐き捨てた。王都におけるアドマイヤー教の拠点であった教会を潰して、これでしばらくはゆっくりできると思っていたのに、これは予想外の事態だった。
「毎日毎日、本当に鬱陶しい!奴らは一体どこから現れるのだ!!」
「わかりません。追いかけても、いつの間にかどこかに消えるそうで……我らも手を焼いておるのです」
「くそ!頼りにならんな!!」
しかし、元々王都に不慣れなこの傭兵たちに憂さを晴らしたところで、何か事態が好転するわけではない。武蔵は、一先ずはこの地点における破壊工作は防がれたとして、ガモット財閥が用意した宿所に足を向けた。しかし……
「きゃあああああ!!!!!!」
しばらく歩いたところで若い女性の悲鳴が聞こえて、何事かと声がした方角に向かって走り出した。すると、そこには、恐らく悲鳴の主であろう身なりの良い女が、先程まで行動を共にしていた連中とは別の傭兵たちに取り囲まれている。
「おい、おまえら何をしている!」
「ちっ!まずいのが来た。おい、みんな逃げるぞ!!」
取り囲んでいた傭兵たちは、武蔵の顔を見るや慌ててその場から走り去って行った。そして、取り残された女性は、ホッとしたような表情を浮かべて、武蔵に礼を述べた。
「ありがとうございます。おかげで助かりましたわ」
「それはよかった。だが……お嬢さんのような若い女性が今の王都で独り歩きをするとは、感心できんぞ」
「ですが……家には病気の母がおり、お医者様から薬を貰わねばと思いまして……」
その言葉で武蔵は、彼女の震える手が紙包みを握りしめていることに気づいた。ただ、余程恐ろしかったのか、その表面はクシャクシャだ。
「これも何かの縁だ。家まで送ろう。……近くか?」
「あ、はい。……あっ!でも、流石にそこまでして頂くわけには……」
「気にするな。さっきの様な輩は今の王都には何かと多いゆえ、やはり女性の一人歩きは危険だ」
それゆえに、心配だからと武蔵は同行を申し出た。今の王都では顔が効くから、自分と一緒に居れば、危ない目に合うことはないと囁いて。
「それでは……お言葉に甘えて……」
はじめは断っていた女性も、何度も説得されてついに承諾した。そして、改めて名を名乗る。「わたしは、アグネス・バルヒュットと申します」と。
だが……それは、ヒースの仕掛けた罠だった。
「がはっ!お、お、おまえ……は……」
ワインを飲んだ途端に口から止めどなく血を吐きながら、武蔵は怨嗟の目で変化を解いたヒースを睨みつけた。そう……アグネスは、【変身魔法】で女性に変化したヒースなのであった。しかし、今更それを知ったところで後の祭りだ。
「ひゃははは!!!!良き姿だな、武蔵。ワシを裏切り、義輝に尻尾を振るからこんな目に遭うのだ。ははは!ざまあみろ!!」
「お、おのれ……この卑怯者がぁ……!」
せめてこの男だけでも道連れにと、武蔵は刀を抜いてヒースに斬りかかる。だが、視界が定まらず、剣を振るうどころかまっすぐ歩くことさえもかなわない。そして、ついに地に臥した。
「くそ……たれ……」
それが最後の言葉となり、武蔵は絶命した。すると、そこにアカネが現れた。
「ご主人、転移魔法陣を設置したわよ。……だから、もういいよね?おうちに帰っても」
魔王城とリートミュラーの領主館、その領主館とこの王都の民家。この二つのルートを合わせて4日以内に自由に行き来できるようにと、無茶振りされたその彼女の目の下には、隈が色濃く表れている。しかし……ヒースは首を振った。
「どうしてよ!わたし、頑張ったわ!もう寝させて!!」
「そうはいってもだな……この家が敵に落ちたら、リートミュラー領、さらには魔王城も危うくなるのだぞ?おまえ、それでもいいのか?」
「くっ!」
魔王リリスの身が危うくなるぞと脅されては、アカネは頷くしかない。だから、「この糞ジジイ」と心の内で罵りながらも、また怪しげな眠気覚まし剤を口に流し込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます