第117話 悪人は、「お兄ちゃんは一人余っているよ」と言いたい
「カリン、この子がもう一人の弟、エーリッヒだ」
伯爵邸のエントランスに出迎えた妹に、ヒースはローゼマリーらを紹介した時と同じように彼を紹介した。だが……どういうわけか、カリンは目を丸くして言葉を詰まらせていた。
「どうした?何かあるのか?」
「いえ、なんでもありませんわ。……そうなのですね。この子が弟……なのですね」
何もないという割には、どうも歯切れが悪い。どうしたのだろうと思っていると、エーリッヒがヒースに囁いた。「実は、カリン様がアーベル様とぶちゅうっとキスをしているのを見たので、それで気まずいのでしょう」と。
「ほう……キスとな……」
ヒースの目がギロリと隣に立つアーベルに向けられる。「貴様、そのようなことを仕出かしたのか」と怒りを込めて。だが……その一方で、秘密を暴露されたカリンは怒り出した。
「なんで、お兄様に早速密告しているのよ!この馬鹿ぁ!」
「馬鹿!?馬鹿とは何ですか!キスをしたのは誰ですか?カリン様でしょう。それなのに、なぜボクを責めるのですか?理不尽だなぁ。意味が分かりませんよ」
「意味が分からない!?だったら、教えてあげるわ!大体、前からあなたは気に入らなかったのよ!」
「やれるものならやってみればいいでしょ。年下相手に勝てないへっぽこ剣士もどきが!いい加減諦めて、そこの恋人と『おままごと』でもやってろや!」
「はあ!?へ、へっぽこですって!よ、よくも!」
感情的になったカリンがエーリッヒに掴みかかろうとする。その様子から、二人は以前からよく知っている間柄であることをヒースは理解したが、このまま喧嘩させるわけにはいかないと止めに入る。
「二人とも、やめよ!ワシの目の前で喧嘩するな!」
目の前じゃなかったらいいのかと、この場に居合わせたアーベルは思ったが、喧嘩をして欲しくないというのはヒースと同じで、彼は恋人の方を宥めにかかる。
すると、「アーくんがいうのなら」と、カリンは矛を収めた。一方、エーリッヒの方はと言えば、ここに来るまでに喰らったゲンコツの痛みを思い出して、すでに神妙な態度を示していた。
「それで、二人とも。なぜ、そこまで仲が悪いのだ?」
二人がひとまず落ち着いたのを見計らって、ヒースは事情を訊ねた。これから姉弟になるのだから、わだかまりがあるのであれば、解消させようと思って。しかし……
「「だって、こいつ(カリン様)がお兄ちゃん(テオ様)を独り占めするから!」」
双方から思いもよらぬ答えが返ってきて……今度はヒースが拗ねる。
(くそ……なぜいつもテオなのだ?なんで、ワシを取り合ってくれないのだ?)
ここにもう一人お兄ちゃんがいるんだけど……と、まさか言えるはずもなく、心のうちに悶々としたものを抱える。
「あの……ヒース様?」
だが、そういった複雑な気持ちは、エリザが現れたことによって中断を余儀なくされる。ヒースは二人に「とにかく、これからは姉弟なのだから、仲良くするように」と命じた後、彼女にもエーリッヒを紹介した。
「つまり、もう捜索は不要なのですね?」
「そういうことになるな」
「それならなぜ、もっと早く教えてくれないのでしょう?」
表面上は涼しげであるが、どうやら怒っているようだとヒースは気づいた。ゆえに、このままではまずいと思い、アーベルを生贄に捧げることにした。
「実はな、エリザ。全てはアーベルの策の一つだったのだ。そうだよな?アーベル」
「え゛……?」
「隠す必要はないぞ。おかげで、ヴォルフェン子爵家を従わせることができたのだからな。大したものだ!」
全くもって、アーベルにとっては寝耳に水だった。だが、否定することをヒースは許さない。隠れてカリンとキスをしたという負い目もあって、その思惑に乗らざるを得なかった。
「そ、そうです。す、全ては……ボクの作戦でした。すみません、騙す形になりまして」
アーベルはお仕置きを覚悟して、ヒースの代わりにエリザに頭を下げた。しかし、当たり前だが、このような猿芝居が通じるわけなく……
「ヒース様。あとで、ブレンツ男爵家のご令嬢を側室にするとかいうお話について、じっくりお聞かせ願えないでしょうか。なんでも、子種が欲しいとせがまれたソウデスネ?」
「え……」
なぜ、そのような話まで知っているのかとヒースは空恐ろしくなった。だが、その一方で、男爵の申し出を断って正解だったと、胸をなでおろしたのだった。
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