第118話 悪人は、歩き巫女をシレっと使う
無事に?エーリッヒの紹介を終わらせて、場所を移したヒースたち。この場には、エリザとアーベルがいた。表向きは、先程嘘をついたことに対するお仕置きだが……その実態は今後の方針を検討するための集いであった。
「……それでは、あの山賊たちの襲撃は、リートミュラー家の誰かによって仕組まれていたということなのですか!?」
「そういうことになるな。直接依頼したのは、ヴォルフェン子爵だろうが……その子爵にリートミュラー家の誰かが入れ知恵したみたいだ。そして、そのことを知らなかったのだな?」
「はい。この件については、揚羽蝶から報告は上がっていませんでした……」
エリザの顔が曇る。世子であるヒースを暗殺しようとした謀議だというのに、情報の一片も【揚羽蝶】から報告されていないことは流石に不信感を覚えた。浮気未遂の話よりも重要だというのに。
(確かに今は、エーリッヒ君の捜索に手を割いてもらっていたけれど……)
侯爵領には、ベアトリスの配下の者たちがそういう陰謀が発生しないように目を光らせていて、何かあれば連携を取ることになっているはずなのだ。それが伝わってこないということは……
「エリザ。おまえの気持ちはわかるが……この状況から考えて、母上の諜報機関はどうやらワシらの味方ではなくなっている可能性がある。そして、【揚羽蝶】も元を辿れば、その諜報機関に属しているのだ。裏切っていてもおかしくはない。そうだよな?」
「はい……仰る通りです……」
そんなはずはないと言いたいが、ヒースの言っていることは正しい。エリザは項垂れてこれを認めた。
「しかし、そうなると代わりの耳目が必要になりますな」
「アーベル。それについては予てより準備していた【歩き巫女】を投入しようと思う。準備はできているか?」
「はい。サーシャ殿から仕込みは上々との知らせがありました」
「歩き巫女?」
ヒースの口から飛び出したその懐かしい言葉に、エリザは驚いた。かつて、孤児の少女を集めて【歩き巫女】なる『身体を売りにするスパイ集団』を組織しようとして、ヒースはベアトリスの怒りを買っていたのだ。ゆえに、まだ諦めていなかったのかと。
「怒るなよ、エリザ。これは、ワシらが生き残るためには必要なことだ。個人的な感情で異議を申し立てることは認めぬ」
【揚羽蝶】が当てにできない以上、このままだと後手を踏む恐れがあるのだ。やっていることは人道に外れていると承知の上だとして、ヒースはエリザに命じた。
「しかし……お義兄さま。今回の一件、仮に誰がヴォルフェン子爵に入れ知恵をしたのかがわかったとします。その者をどうなさいますか?」
アーベルは、ヒースに方針を訊ねた。粛清するのか、それとも不問に付すのか。
「不問に付すだと?」
粛清一択だったヒースは、アーベルの口から飛び出した思いがけない選択肢に、それは一体どういう意図があるのか逆に訊ね返した。すると、アーベルは答える。
「今、お義兄さまにリートミュラー侯爵領を治める力はありません。なぜなら、人が圧倒的に足りてないからです」
この伯爵領だけを治めるのであれば、代々仕えてくれている家臣たちがいるから問題ないだろう。罪人の流刑地としたシェーネベック領も、カタリナやハンスといった旧子爵家の人間、さらにアーベルの実家が支援しているから今のところはまあ、何とかなってはいる。
「問題なのは、今度エーリッヒ様が婿入りされるヴォルフェン子爵家です。まさか、エーリッヒ様だけを送り込めばいいとは思っていませんよね?」
「当たり前だ。そんなことをしてみろ。ハンナ夫人の都合の良い駒にされてしまうわ」
ゆえに、この伯爵家からそれなりに人を送る必要があるとヒースは言った。だが……そのとき気づいた。このうえで侯爵領を我が物にしても、今のままだと送り込める人間がいないということに。
「……となれば、今、不穏分子を潰して、その責任を父上に負わせて強制的に家督を奪っても、あちらを統治するためには今いる侯爵家の人間を使わなければならないということか……」
「はい、そのとおりです。ですが……それはお義兄さまが望まれていることではないのでしょう?」
「当たり前だ。それでは、父上のなされていることと左程変わりがない。侯爵家を得ても何の得にもならん」
「それならば……今は力を蓄えるべきかと。まずは人を集めて、時節を待たれることこそ上策かと思います」
「そのために、今回は不問に付せ……そういうことだな?」
「それが一番いい選択かと」
アーベルははっきりとそうヒースに提言した。もちろん【歩き巫女】を使い、情報を集めながら、目を光らせることは忘れないが、今はそれ以上のことはすべきではないと。
しかし、ヒースはしばらく考えた後に不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりとそんなアーベルに告げる。
「それでは面白くあるまい」と。
やられっ放しで黙っているくらいなら、前世で将軍殺しをたくらんだりはしないのだ。
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