第119話 悪人は、偽書の製作を依頼する
「なんだよ、ヒース。夏休みだというのに呼び出して……」
夏休みを実家の伯爵領で過ごしていたアレクシスは、3日の旅程の果てに辿り着いた先で顔を合わすことになったこの友人に、開口一番悪態をついた。
「悪いな、アレクシス。どうしても、おまえに頼みたいことがあってな」
そんな馬車から降りてきた友人を労いつつ、ヒースはそう言ってまずは邸内へと誘った。しかし、そこには……
「待ちなさい、エーリッヒ!今日という今日は絶対許さないんだから!」
「待てと言われて待つ馬鹿がいるわけないでしょ。そんなことがわからないから、いつまで経ってもキスから先に進めないんだよ。このばぁ~か」
「ば、馬鹿ですって!?姉に向かってなんてことを言うのよ!」
箒を持って追いかけるカリンと風魔法で足を加速させて逃げるエーリッヒの姿があった。二人はヒースたちがいることに気づかずに、そのまま目の前を通り過ぎて行った。
「……なあ、ヒース。今のはカリンちゃんだよな?」
「ああ……そうだな」
「あんなに乱暴な娘だったの?」
「……他言は無用で頼む」
ヒースはため息交じりでアレクシスに告げると、あとで二人を叱りつけなければと心に決める。どうせまた、テオを取り合ったのだろうと半ば拗ねながら。
「それで、さっきも言ったけど、この夏休みにわざわざ3日もかかる場所に迎えの馬車をよこして、一体俺に何をさせる気なんだ?」
エントランスから階段を昇りながら、アレクシスはヒースに訊ねた。すると、「ここでは言えない」と言ってそのまま客室へ向かう。しかし、そこには……
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
スターナイト・シスターズのディアナがメイド服を着て立っていて、アレクシスを笑顔で出迎えてくれた。いつものアイドル衣装もかわいいが、これもまた似合っている。アレクシスの目はたちまち釘付けとなった。
「ヒ、ヒース……これは一体……」
「おまえが以前ファンだと言っていたのを思い出してな。わざわざ遠路はるばるやってきて、ワシの頼みを聞いてくれるのであればと、呼び出しておいたのだ。嬉しいだろ?」
そう言って、立ちっぱなしも何だからと言って、ヒースはアレクシスにソファーに座るように勧めて、アレクシスも緊張しながらもそれに従った。
すると、アレクシスが座ったのを見計らって、ディアナはお茶を用意に取り掛かった。ただ……手慣れていないことと、胸元が広く開いているので、その所作により谷間どころか丘の上の方まで見えそうになる。
「ああ……最高だ。写真撮ってもいいか?」
それは単なる一緒に写る記念撮影なのか、それとも目の前にあるエッチな景色の写真なのか。だが、そんな小さなことを言うアレクシスをヒースは笑う。
「写真?それだけでいいのか?ワシの望みを叶えてくれるのであれば、今宵は身の回りの世話をさせる手筈となっておる。まあ……おまえの腕次第ではあるが、その意味、わかるよな?」
つまり、口説き落とせれば、そのままベッドインもあり得るということだ。アレクシスは思わず唾を飲み込んだ。しかし、その一方でヒースがいう「頼み」というやつが厄介なことであることも気づいた。
「……それで、何をさせたい?」
今の今まで鼻を伸ばしていたのがウソのように、アレクシスは警戒するようにヒースに訊ねた。
「実はな……」
ヒースはそう言って、2通の手紙とそれに付け足すように2枚のメモをアレクシスに手渡した。
「なるほどな……。この手紙の筆跡を真似て、メモの内容の手紙を作成しろということか」
できなくはない。だが、どうしてこのような物が必要なのか、あるいは何のために使うのかを言わない当たりにきな臭さを感じてためらいも生まれる。
すると、そんなアレクシスの態度に気づいたヒースは、さらに条件を上乗せした。
「ワシが満足できるものを作ってくれれば、さらにもう一晩ディアナにおまえの世話をさせよう。それでどうだ?」
アレクシスの心の中にある天秤は、『欲望』の方へと一気に傾いた。
「ああ、任せておけ。こんなもんは、俺の手にかかればチョチョイのチョイだからな」
今までの迷いがウソのように、アレクシスは調子の良いことを言って早速作業に取り掛かる。力の出し惜しみはしない。少しでも早く終われば、お楽しみの時間はその分長くなるのだから。
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