第2章 稀代の悪人は、学院デビューを悪事で飾る

第43話 悪人は、王都に向かって出立する

父オットーがリートミュラー侯爵となってから3年が過ぎた。その間にあった大きなことといえば、オットーとベアトリスの間に男の子が生まれたことくらいだろう。その子は「トーマス」と名付けられている。


そして、ヒースはこの6月に10歳となり、いよいよ王都の学院に入学する時を迎えた。全寮制であり、従者の同行は許されていないため、向かうのはヒースとエリザの二人だけだ。侯爵邸の玄関先では、今、正に家族や使用人たちが集まり、二人の旅立ちを見送ろうとしていた。


「若……」


「そんなに心配そうにするなよ、テオ兄。ワシが強いのはおまえも知っているだろ?」


子供のころからずっと付き従っていたテオが心配そうにしているのを見て、ヒースはそう言って安心させようとした。何しろ、学院とやらでは、身分の上下を鼻にかけた「いじめ」が横行していると聞く。だから、そんなもんには負けないとヒースはアピールしたつもりだった。


しかし、テオは首を振った。


「わたしが心配しているのは、若がやり過ぎないかということで……」


何しろ、伯爵に就任してからこの3年間、不正を働いた代官や役人を自らの手で火炙りに処したこと2度、買い占めを図るなどして不当に値を吊り上げて利益貪ろうとした商店を爆破して見せしめにしたこと5度、人攫い騒動では自らが囮となって、関わった者たちを全員毒殺と……領主として綱紀粛正は正しい行いではあるが、とにかくその手法が過激なのだ。


「いいですか。周りは皆子供なんですからね。腹が立たれても、【蓑虫踊り】や【爆弾正】による制裁はくれぐれもなされぬよう……」


そんなことをすれば、正当防衛とか子供の喧嘩では済まされるはずもなく、下手をすれば王国中の貴族たちと戦争になりかねない。テオはそのことを心配して、主にくれぐれもと念を押した。


周囲からは笑い声が上がり、ヒースの顔が歪んだ。


一方、エリザの方を見れば、ベアトリスが涙ぐみながら別れを惜しんでいた。


「本当にママがついて行かなくても大丈夫?寂しくて泣いたりしない?学院長なら、昔の恥ずかしいネタをちらつかせたら無理が利くから、一緒に暮らせる特別室を用意させることも……」


その言葉がヒースの耳に入ってきて、思わず「おい!」と声を上げそうになった。以前から思っていたのだが、ベアトリスの中ではエリザが愛娘で、ヒースが婿になっているような気がしてならない。すると、エリザはヒースの方を見てニッコリ微笑んでベアトリスに告げた。


「大丈夫ですよ、お義母さま。ヒース様もいらっしゃいますし、ご心配には及びませんわ」


10歳になり、背も高くなった。胸はまだペタンコだが、初めてあった時とは見違えるほど美しい少女にエリザは育っていた。思わず、ヒースも見惚れてしまうほどに。


しかし、そんな二人の見つめ合っている姿を見て、ベアトリスは苦言を呈した。


「エリザ。あなたがヒースのことを慕っているのはわかるけど……くれぐれも一時の感情に惑わされたらダメよ。あと……もし、襲ってきたら前に教えた通り、股間を思いっきり蹴り上げてやりなさい!」


そうすれば、しばらくは使い物にならないから安心だと言うベアトリス。エリザは顔を赤くしてどうしようかとヒースを見た。


「あの……母上?ワシたちはまだ10歳で、そのような話は早いかと……」


ため息交じりにそう告げるヒースを見て、一同がまた笑った。まだ幼いカーテローゼだけが理解できずに不思議な顔をしているのみだ。そして、そんな彼女にヒースは近づき、頭を撫でながら優しく微笑んだ。


「冬休みになったら必ず帰って来るから、そのときは雪だるまをまた作ろうな」


「はい!お兄様、楽しみにしてますわ!」


元気よく兄の言葉に返事をするカーテローゼだが、この家における彼女の立場は決して良いモノとは言えない。屋敷内における敬称も『伯爵令嬢』のままだし、部屋にしてもエリザのものに比べて四分の一ほどの広さしかないのだ。妾の子と言えばそれまでなのかもしれないが、この辺りは何とかしなければとヒースは思っている。


「……テオ。以前にも話したが、頃合いを見てカリンをルクセンドルフ伯爵邸へ移そうと思う。もちろん、おまえもアンヌさんも一緒にだ。その準備を抜かりなくな……」


「はっ!」


馬車に乗り込む際に他の者に訊かれぬように注意してヒースはテオに囁いた。馬車はまもなく王都に向かって発車した。

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