幕間 司教の兄は、その朗報に小躍りする
「はじめまして、伯父様。エリザと申します。本日はお会いできて光栄ですわ」
「…………」
そのあまりにも7歳とは思えない、堂々とした見事な挨拶を目の前の幼子から受けて、侯爵家の当主であるヴィルヘルム・フォン・ロシェルは目を丸くして驚き、つい返すべき言葉を失った。彼にはエリザより少し年上の息子が二人いるが、7歳の時にこのような挨拶ができたかどうか……怪しいものだ。
「ヴィル兄さん、お言葉を……」
そんな兄の様子に苦笑し、ロシェル司教ことアレフレッドは声を掛ける。ヴィルヘルムはコホンと一つ咳払いをして、新しく姪となったエリザにまず自己紹介をした。そして、応接ソファーに座るように勧める。立ったままで話すのも何だからと言って。
「それにしても驚いたぞ、アレフ。平民出身だと聞いていたが、どう見ても上流貴族の令嬢にしか見えんぞ。一体どういう手品を使ったのだ?」
アレフレッドの教会には孤児院があり、彼もその運営に携わっている。だから、子供の教育に対して無知ではないとはヴィルヘルムは思っているが、挨拶だけでなくソファーに座る動作に至るまで洗練されていて、どう見てもそれだけではないような気がした。
しかし、そんな兄の問いかけにアレフレッドは苦笑いを浮かべた。
「実は、ルクセンドルフ伯爵夫人が実の娘のように気に入られて、直々に教育を施されているようでして……」
そして、その内容は全く聞かされていないとも。だが、ヴィルヘルムの方はその答えで全てが腑に落ちたようで……
「流石は、あの女傑といったところか……」
その一言だけ零して、目の前のコーヒーカップに手を伸ばした。上級生として彼女の溢れる才幹と行動力にはいつも驚かされていたので、今更といった所だった。ついでに言うと、その姿に惚れてしまい、告白したものの玉砕したという青春時代の苦い思い出も去来した。
「しかし、本当にいいのかな。ルクセンドルフ伯爵家は今まで中立を維持していただろ?養女とはいえ、エリザと子息を結婚させたら、本人たちの思惑はどうであれ、この王都では間違いなく我らに与したとみられるが?」
周囲の領地は外戚派に囲まれているし、そもそもルクセンドルフ伯爵家は、王都の権力争いには興味がなかったはずだ。だから、ここで旗幟を明らかにすればデメリットの方が大きいような気がしてならない。
だから、そのあたりに対する見解はどうなのかと、ヴィルヘルムは訊ねた。もしくは、何か他の魂胆が潜んでいるのではないかと疑って。しかし……
「そのことなんですけどね……何かベティはそこまで深く考えたことがないって言ってたんですよ。周りが難しく考え過ぎだって……」
兄の質問に対して、アレフレッドはリヒャルトも加わって酒を酌み交わした時の話をしてそう答えた。あの席で、ベアトリスはそう言っていたと。
「何だ、それは……。我ら宰相派も敵である外戚派も……それじゃあ、今まで実体のない影に怯えていたというのか!?」
両派ともに、かつてのベアトリスの実力を知っている者が中枢を占めているだけに、不興を買うことを恐れて、これまで自派への勧誘を共に控えてきたのだ。敵にならないだけマシだと思って。だが、それはどうやら不要な配慮というものだったようで……ヴィルヘルムは呆れた。
ただ、一方で今回のことは外戚派に強烈な一撃を加えることになるだろうとも確信していた。ゆえに、当然この目の前の少女を大事にしなければならないとヴィルヘルムは理解して、平民の娘ではなく、アレフレッドの実の娘として扱うことを決める。
「エリザさん」
「はい」
「過去はどうあれ、あなたはこの侯爵たるワシの可愛い姪である。そして、後で紹介するが、ワシの二人の息子は従兄ということだ。そのことをよく理解して、家族として付き合ってもらいたい。それで構わないかな?」
同じことは、妻と息子たちにもよく言い含めておかなければならないが、まずはエリザにその気持ちがなければ成り立たない話だ。だから、ヴィルヘルムは確認した。
「はい!不束な姪ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします!」
エリザは立ち上がって、スカートの端を掴んでお辞儀した。その姿は、やはり7歳には見えなかったが、ヴィルヘルムは思う。あのベアトリスの娘だと考えれば、全然不思議なことではないのかもしれないと。
「それでは、今晩はこの家でゆっくり過ごしなさい」
ヴィルヘルムは、ここで話を切り上げて席を立った。この続きは妻や息子たちと共に夕食の時にでもしようと優しく微笑んで。そして、その足で宰相府に向かうことにする。派閥の領袖たるローエンシュタイン公爵にいち早く飛びっきりの朗報を届けるために。
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