第42話 悪人は、家族の心の声を聞く
ヒースへのルクセンドルフ伯爵家の家督継承とオットーら他の家族のリートミュラー侯爵領への移住について、ヒースとしてはなにも異論はなかった。寧ろ、これで誰に気兼ねすることなく好き勝手ができるのだから、大歓迎だった。
だが、ベアトリスは大激怒した。エリザを連れてリートミュラー侯爵家を訪れた彼女は、その話を切り出されるや否や「それなら離婚する」とまで言い出したのだ。オットーもヒースもこれには慌てた。
「なあ、ベティ。わかってくれないか。ここからルクセンドルフは遠い。それを二つも治めることなどできるはずがないだろう?」
「そうですよ、母上。後のことはこのワシにぜ~んぶ任せて、こちらで父上と仲良く穏やかに暮らされれば……」
「お黙りなさい!」
二人の説得に対して、ベアトリスはピシャリと跳ね除けた。
「そもそも、オットー。あなたは当家の入り婿のはずですよね?それなのに、何を勝手に侯爵家の家督を継承する話になってるのかしら?」
「いや……だって、ボクしか残ってないんだから仕方ないでしょ……」
オットーはやむなき事だったと説明するが、ベアトリスは受け付けない。挙句、ヒースに向かって「何で遺児まで全員殺したのよ」と罵りさえもした。一人でも残しておけば、侯爵家を押し付けることができたのにと。
「いや……だって、ここまでしておいて生かしておいたら碌なことにはならないじゃろうが……」
「お黙りなさい!あなたたち親子はそうやって言い訳ばかり。もううんざりよ!二人とも、もう帰ってこないで!!」
ベアトリスは自身が出した決断を二人に告げると、もうここには用がないと言わんばかりに、隣に控えるエリザに帰り支度をするようにと告げた。ついでに、「伯爵家はエリザに婿を取って継がせることにするから」と。
「いくらなんでもそれはおかしくないか」と、ヒースは流石に思った。
「あの……お義母様。落ち着いてください。ヒース様がいるから、わたしはお義母様と一緒にいれるのではないのでしょうか。だから、もう少し……お二人のお話を聞いてみませんか?」
そんなヒースの思いが通じたのか、エリザが臆することなく助け舟を出してくれた。尤も、その言葉はおよそ7歳児とは思えないもので……
(もしかして、エリザも前世の記憶を持っているのか?)
ヒースの深層心理に新しい疑惑の芽を植え付けることになったが。
「……まあ、エリザさんがそういうなら仕方ないわね。もう少しだけ聞いてあげるわよ」
但し、誤魔化さずに正直に言えと、ベアトリスはオットーに言う。本当の理由は、領地経営の事ではないわよねと。
「ああ……そうだ。情けない話だが……ボクはヒースが怖い。このまま一緒に居たら、いつか殺されちゃうんじゃないかと。そして、それはベティ、そのときは君もいっしょにだ。だから、離れて暮らしたいと思ったんだ……」
家族の安全を守るためには、それが一番いい方法だと。
「もちろん、ヒースはボクの息子だ。それは変わりない。だから、本人を目の前にこんな酷いことを言うべきではないが……」
このままでは不安で耐えきれないとオットーは言った。ヒースはそれを怒ることなく受け止めた。「まあ、仕方ないな」と。
それを見て、ベアトリスはため息を吐き、口を再び開いた。
「まあ……そういうことなら話は分かったわ。わたしも……以前にヒースには言ったけど、やっぱり怖いという気持ちはあるわ。でもね、今逃げていいのかしら?ここで逃げて、何年か後に和解できる?わたしは無理じゃないかと思っている」
そして、憎しみが募るようなことになれば、きっとこの子はどこに逃げても殺しに来るだろう。そうなるくらいなら、ここで突き放すべきではないとベアトリスは言った。
「ベティ……すまない。ボクが間違えていたみたいだ。ヒース、こんな愚かな父を許しておくれ……」
オットーはそう言って、頭を下げて詫びを入れた。
(まあ……こういう人間臭いところも、この男の魅力の一つか……)
一体どこの御伽噺の国の住人なのかと疑うこともある。だが、それゆえにヒースはどこか嫌いになれないでいた。これが親子の情というものなのか、それとも気の迷いなのかは判別がつかない。ただ、今回は素直に受け入れることにしたのだ。
「それじゃ、わたしの結論を告げるわね。オットーがリートミュラー侯爵家の家督を継承すると同時に、ルクセンドルフ伯爵家の家督はヒースが継ぎなさい。但し、学院を卒業するまでの間は、代官に統治を委ねます」
代官の任免権や予算執行への指示等は自由にしていいとベアトリスは言った。また、月に3、4日程度なら視察として伯爵領を訪れることも認めた。だが、その代わり、原則、このリートミュラー侯爵家の屋敷で家族と共に過ごしなさいと。
「わかりました。決定に従います」
ヒースは素直にそう言った。この辺りが落としどころと判断して。
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