第227話 悪人は、軍師より献策を受ける

「……そんなに、義輝って人は化け物じみているのですか?」


「そうなのだよ、アーくん。こう……剣を一振りしただけでな、かる~く20人くらいの首をスパスパスパと跳ね飛ばすんだよ。信じられんだろ?」


商人たちとの打ち合わせがつつがなく終了した後、こうして応接室に残ったヒースは、身振り手振りを交えて、そんな男に命を狙われていることをアーベルに相談した。そして、万に一つもこの大陸に帰れなくするために、魔族の大軍団をアムール連邦に派兵させようかと迷っていると。


「ですが、それをやれば、父たちの交易は……なるほど。それで、命と利益を天秤にかけて悩まれているのですね?」


「そこは少し違うな。ワシは命も利益も両方取れないかと悩んでいるのだ」


「それはまた、何と欲張りな……」


安全策を取って、どちらか一つに絞り込めば楽になるだろうにと、アーベルは呆れるが、そんな彼にヒースは言う。どちらも選べないから両方取りたいのだと。


「まあ、そういうわけで、アーくんよ。何かいいアイデアは浮かばないかね?」


「そうですねぇ……」


無茶振りもいい所だが、アーベルは文句を言うことなく、冷静に今得た情報を整理し、対策を考え始める。ただ、その最中はブツブツと独り言を呟き続けながら、一心不乱に何かを書いている姿は、傍から見れば気味が悪い。


「お、おい……」


頼んでおいてあれだが、ヒースでさえも「壊れたのか」と心配になってくる。何度か声を掛けても返事がないので、医者でも呼んだ方が良いのではと思っていると……


「お義兄さま。こういった作戦は如何でしょうか」


時間にして15分少々といったところで、アーベルの手は止まり、さっきまで書き込んでいた紙をそのままヒースに手渡してきた。だが、目を落とせば、そこには義輝を連邦内で犯罪者に仕立て上げて、孤立させる手筈が細かく記されていた。


「これは……なんと面白い策を考え付いたものだな……」


「犯罪者となれば、義輝と連邦が手を組んで海獣狩りに乗り出すことはないわけで、その時点でこちらに戻るという手段を失います」


「それにしても、強姦殺人犯に仕立てあげるか。あはは!捕まれば、間違いなく死刑だな!」


もっとも、義輝ならば捕まることはないだろうが、そうなったらそうなったで、連邦の地下に潜むか、それともロンバルドからさらに遠い他国へ逃げる選択を迫られることになるのだ。ヒースにとっては悪い話ではなかった。


「しかも、武蔵には女を宛がい、奴だけ連邦で足止めを食らわせるのか」


「ローザさんの話では、前世で『ツウ』とかいう恋人がいたとか。女嫌いというわけではないようなので、もしかしたら引っ掛かるかという程度でお考えいただければ……」


そうはいうものの、そこに記されている計画には、女性の容姿性格など、事細かく条件が記されており、期待はそれなりに持っても良いモノとなっていた。


「ただ、そうなると、奴らがどこに居るのかを知らねばならぬということだな?」


「はい。ですが、それについてはこちらを」


アーベルは、いつの間にか用意したその紙をヒースに手渡して言った。こちらが探しても見つからないのであれば、あぶり出せば良いのだと。


「なるほど。ワシの名で挑戦状を作り、連邦中にばら撒く算段か」


新聞に掲載したり、あるいは各町のギルドに貼り出すなどして挑発すれば、自ずと指定された場所に姿を現すだろうとアーベルは言った。そして、もちろんすっぽかした後は、再び監視したり、罠に嵌めることも可能になると。


「見事だ。これならば、きっと上手く行くぞ。よくぞ考えついてくれた」


全てを聞き終えて、ヒースは全力でアーベルを称えた。これならば、魔族を使ってアムール連邦に攻め込ませなくても事が収まると、満点の評価をして。


「それにしても、無茶振りしておいてなんだが、よくもまあ、短時間でこれだけのことを考えたものだな」


「ああ、それについては種がありまして……」


「種?」


「スキルですよ。確かに今回の話は余りに無茶振りでしたので、【軍師】のスキルを初めて使ってみたのです」


「初めて?」


その言葉に、ヒースは驚いた。今までもいくつか献策を受けていたので、それらもスキルを使ったものだと思っていたのだ。そして……時間と共に色を悪くするアーベルの顔色にも驚く。


「お、おい……大丈夫か?」


「何が……れすか?あれ?おにいさまのかおが…ふたつ?」


「ちょっと……おまえ、おい!」


ついには、自力で立つこともできなくなって、アーベルは崩れ始め……ヒースは慌ててその身体を支えて声を掛ける。


「大丈夫か!しっかりしろ!!」


しかし、意識を失ったアーベルからは返事がなく、結局ヒースは、大声で医者を呼ぶことにしたのだった。

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