第228話 悪人は、妻と仲直りする

「それで、アーくんは大丈夫だったのですか?」


「ああ、医者に診せたら、ただの魔力切れだそうだ。心配するほどのことではないらしい」


夕方、学院から帰ってきたエリザに、ヒースは笑いながらそう報告した。スキルを発動した際に、慣れていないがゆえに魔力の調整ができずに、いわば垂れ流しの状態で稼働し続けたことが原因であったと付け足して。


「とにかく、一晩無理をせずに休めば、明日には元通りになるらしい。それよりもだ……」


ヒースは話題を切り替えて、エリザに書面を手渡す。それは、アーベルが立てた『勇者に対する作戦計画書』だった。


「どう思う?」


「どう思うって……?」


「ワシは、良い作戦だと思うのだが……」


突然、このような物を渡されてもと困惑したエリザであったが、ヒースの様子からどうやら意見を求められていることに気づいて、素直に感想を口にすることにした。「外道ですね」と。


「ですが、これなら勇者がこの国にすぐ戻って来ることはないでしょうね。人の迷惑を顧みないというのは今更ですし、良き案ではないかと」


「そうか。それなら、反対ではないのだな?」


「ええ、そうですが……それよりも、どうして突然このような相談を?」


手にしていた作戦計画書をヒースに差し出しながら、エリザは不思議そうに訊ねた。その態度から、もし反対すれば取りやめるような気がして意外に思って。


すると、ヒースは答える。「アーベルに一人で決め過ぎだから、周りを頼るように言われた」と。


「それで、わたしに相談を?」


「ああ。ワシの最大の理解者はおまえだからな。だから、意見を聞いておこうと思ったのだ」


そして、案の定というか、もし反対するのなら実行には移さないこともヒースは伝える。これは家族を守るための作戦だから、家族の理解を得られない様なら仕方がないと言って。


「……そうはおっしゃいますが、反対されるとはこれっぽっちも思っていませんよね?」


「そうだな。エリザなら、反対しないと思っていた」


「何しろ、最大の理解者だからな」と笑うヒースに、エリザはズルいと思った。ただ、悪い気はしない。マリカのことで少しできた蟠りも不安も、嘘のように溶けていく。


「あの……ヒース様。レオンがその……弟か妹かが欲しいと言っておりまして。それで今宵は……」


ゆえに、エリザは頬を染めながら、今宵のお誘いをヒースにした。もちろん、まだ1歳半にすぎないレオンがそんな高尚なことを言えるとは思えないが、ヒースはこれを和解の合図だと思い受け入れることにした。今日は元々エリザの当番日なのだ。なにも支障はないとして。


「さあ、エリザ。こっちにおいで」


そして、ヒースが優しく微笑むと、エリザは彼の隣に座り体をピタリと寄せた。だが、そのとき不意に気づく。本来なら伝わるはずの双丘の弾力が何かに邪魔されていることに。


「何かポケットに入れているのか?」


「あっ!そういえば、忘れていましたわ!」


エリザは我に返ったように、内ポケットから1枚の書面を取り出した。封はされていて、ヒースの名が宛先に記されていた。


「なんだこれは?」


「さあ?今日、担任教師から手渡すように渡されただけで、わたしはなにも……」


「そうか」


それなら仕方ないと思いながら、ヒースは封を開けて中身を取り出した。そこには短くこうかかれていた。『留年決定通知書』と。


「はい!?」


思わずヒースは変な声をあげて、何かの間違いではないかとその書面を見せてエリザに訊ねる。


「だって、影武者が授業を受けていたはず。たかだか教師如きに見破られるとは思えんのだが……?」


「おそれながら、この半年余り影武者をされている方も出席されておりません。どこかで違う任務を与えたのでは?」


「え……?そんなはずは……」


そう思いながらも、ヒースは次第に心当たりを思い出し始める。半年前と言えば、義輝をこの大陸から追い出すのに躍起になっていた時期で、多くの人員を投入していたのだ。もしかしたら、そのときに気づかずに影武者役の男まで使ってしまったのかもしれないと。


「まずい……まずいぞ、これは……」


「別にいいではありませんか。そもそも、高等学院は良い役職に就くために学ぶ場所。すでに最高権力者になられているのですから、関係ないでしょう?」


エリザは失態に気づいて落ち込むヒースを励まし、それよりもさっきの続きをしようとせがんだ。だが、ヒースはそんな彼女に詫びながらも立ち上がり、外出の準備を始めた。


「どちらに?」


「教育大臣の所に。ちょっと『おはなし』してくる」


卒業式には、今ではすっかり元気となった母ベアトリスが参列する予定となっているのだ。留年したと知れて、タダで済むとは思えない。ゆえに、卒業を阻むのであれば、誰であろうと許さないという強い決意を固めて……こうして、家を飛び出していくのだった。

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