第229話 悪人は、学院の卒業を勝ち取る

「はあ!?大臣、正気ですかぁ!ヒース・フォン・ルクセンドルフは、半年も無断欠席をしたのですぞ。それなのに、留年を取り消せとは一体どういうことでしょうか!!」


ここは、高等学院の学院長室。この部屋の主であるデビットソンは、上司であり教育大臣たるメルケル子爵に大きな声で吐き捨てるように言った。その隣にヒースがいるのを認識したうえで、一切の遠慮も手心も加えずに。


「お、おい……おまえ、摂政殿下に向かってその態度は……」


「摂政?……ああ、そういえば、そこのルクセンドルフはそのような役職に就かれていたのでしたな。ですが、大臣。だからどうしたというのですか。出席日数が足りないから留年させるというだけですよ?何か問題があるとでも?」


「お、おい……さっきからおまえ……」


「大体、この学院は恐れ多くも初代国王陛下より、政府権力の及ばない場所となっているはずでは?それなのに、大臣は学院長たるこのわたしに『圧力』をかけられるのですね?」


「い、いや……そんなつもりではなくてだな……」


「そんなつもりではないのなら、何なのでしょうか?大臣、今さっきあなたはわたしに圧力をかけられたではないですか!そこのルクセンドルフの卒業を認めろと不当に!」


そして、「これは学院の自治を脅かす由々しき事態だ」と騒ぎ立てて、デビットソンは扉の外に向かって大きな声を上げて続ける。頃合いだと思って「どうぞ、中に入ってください」と。しかし……


「えぇと、もういいですよ。記者の方々、中へお入りください!」


扉が開かれずに、業を煮やしてもう一度呼びかけても、この部屋には誰も入ってこなかった。


「あ、あれ?」


流石に不審に思って、今度はデビットソンが自ら扉を開けて廊下を見た。すると、そこには呼び集めていた数名の記者たちが……手首にしっかり手錠がはめられた状態で何者かに捕らえられていた。


「これは……一体……」


「何を驚く必要がある?学院長。こやつらは、聞いてはならぬものを聞こうとしたのだ。スパイ容疑で捕らえるのはおかしな話ではあるまい?」


「ルクセンドルフ……」


声が聞こえて振り返ったデビットソンは、その一切の感情をこめていない目を見て恐怖した。何か言い返さなければいけないと思いつつも、言葉が思いつかない。まさに、蛇に睨まれたカエルの様にだ。


すると、そんなデビットソンの肩を抱いて、ヒースは耳元で誘惑の言葉をささやいた。


「なあ、学院長。ここは取引と行こうじゃないか。そこの連中も含めて、悪いようにせんから、ワシの卒業を認めてくれんかのぉ」


「し、しかし……出席日数が足りていないじゃないか。流石にそれは……」


「ほう……ワシがこれだけ頼んでいるというのに、断るというのだな?それなら、これが卒業式の朝に新聞に載るが……いいのだな?」


「え……?」


ヒースが懐から取り出してデビットソンに見せた写真。そこには、この学院長室でこの1年余に渡り繰り広げられていた『深夜の課外授業』の様子がはっきりと捉えられていた。


「確か、この子って2年のメリー嬢だよね?あとこちらは、1年のジュリー嬢で……」


「な、なぜ、このような写真が……」


「そんなことどうでもいいだろ?何かさあ、弱みに付け込んだんだってな。彼女たち平民だから、ヤらせてくれないと退学にするって脅迫したそうじゃないか」


ホントひどい話だよなぁと、ヒースはワザとらしく言って、デビットソンを煽った。


「それで、どうする?これが表に出たら、流石にヤバいと思うんだけど?」


「つまり……おまえの卒業を認めろというのか……」


「そういうことだな。学院長を名乗るだけあって、理解が早くて助かる」


そして、ヒースは写真をもう一度チラつかせて、『卒業を認める』と記されたその書類にサインを行うように求めた。こうなると、最早デビットソンに抗う力など残っていない。


「これでいいか!」


半ばやけくそ気味に、必要な個所へのサインを終えて、その書類をヒースに差し出した。だが……これは悪手だった。デビットソンは、自らを守る取引材料を放棄したのだ。そんな無防備になった敵を取り逃がすほど、ヒースは甘くはない。


「なっ!」


書類を手放した途端、廊下にいた男たちが部屋の中に乱入して、デビットソンは瞬く間に取り押さえられた。


「ルクセンドルフ!話が違うじゃないか!!」


当然であるが、デビットソンは抗議の声を上げた。だが、力を失った者の言葉は、誰にも届かない。ヒースは皆に聞こえるように、淡々と彼の罪を読み上げる。


未成年への猥褻行為に職権乱用に、国家反逆罪など……。


「他にもきっと余罪はあるはずだ。国家反逆罪でどのみち死刑だ。拷問にかけても、場合によっては死んでも良いから、全部吐かせろよ」


「待て!国家反逆罪ってなんだよ、それは!流石にそれはやっていない!!」


連行されるデビットソンは、納得がいかないとばかりに声をあげるが、ヒースは言う。さっきから自分のことを「ルクセンドルフ」と呼び続けていることを指摘して。


「アルデンホフ公爵家を継承したのは、恐れ多くも、先王陛下のご遺命である。それを認めないということは、王家への反逆にも等しい……まあ、そういうことだ」


デビットソンは、「あっ!」という顔をし、メルケル子爵は「やはり」という顔をした。だが、全ては後の祭りで、デビットソンは私服警官たちによって目立たないように布袋を被せられて運び出されていく。


こうして、ヒースの卒業は無事に決まったのだった。

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