第230話 悪人は、史上最短(在学2日)で高等学院を卒業する

6月30日——。今日は高等学院の卒業式。


「それにしても、おまえよく卒業が認められたな……」


講堂に入る卒業生の列に並ぶヒースを見て、ルドルフが不意に言葉を掛ける。何しろ、この半年の間、一度も登校していないように見えていたのだ。(本当は、3年間で今日が2度目の登校である)


そして、それは他のクラスメイトも言わないだけで同じように思っていた。ヒースの実力を恐れて、口に出すことは決してあり得なかったが、「それはズルいだろ」と。


しかし、ヒースはそんなクラスメイト達の心の声に耳を傾けることなくニッコリ笑い、裏事情を一部だけ一堂に披露して周囲を恐怖させた。すなわち、頑固なまでに卒業を認めようとしなかった学園長を脅して認めさせたと。


「馬鹿だよな。ワシに喧嘩を売って勝てると思ったのかのぉ」


ヒースはそう言って笑うが、ルドルフも含めて誰も笑う者はいない。何しろ、脅し方が相変わらずえげつないのだ。それゆえ、ターゲットとなったデビットソン学院長は確実に死んでいると誰もが疑わなかった。


「あれ?」


「何で生きているの?」


しかし、講堂に入った一同は教師たちの最前列にデビットソンの姿があることに気づき、そのうちの幾人かは声を漏らした。


「学院長不在で卒業式やるのかって思ったけど、元気そうジャン」


「そうだね。もしかして、ヒース君もおとなになったのかしら?」


本物のデビットソンがすでに海の底に沈められていて、魚の餌になっているとは露とも気づくことなく、生徒たちは安堵の息を吐いて卒業式に臨んだ。もちろん、壇上に登り有り難いお話をしているのは影武者であったのだが……その事実に気づく者は誰もいなかった。


そんなこんなで、とにかく卒業式も無事に終わり、教室に戻ったヒースはルドルフに訊ねる。「このあとどうするのか?」と。


「今日は、家族で過ごそうかと。家でユリアも待っているし……」


てっきり、遊びの誘いかと思って、ルドルフはそう答えるが、ヒースの質問は別の意味だった。すなわち、卒業してからの予定はあるのかということだ。


「ワシとしては、政府に入ってもらって、色々と手伝ってもらいたいのだが……」


ルドルフは、半年前にティルピッツ侯爵家の家督を継いだが、まだ学生ということで役職には就かなかった。しかし、卒業したというのであれば、話は変わってくる。アレクシスやロルフは、大学に進学すると言っていたが、彼からは今日に至るまでそのような話は聞いていないのだ。


ゆえに、もし叶うのであればと、ヒースは誘う。前侯爵であるウィルバルト同様に『内大臣』に就任しないかと。


「俺が……お爺様と同じ内大臣に?」


「どうだろう?オリヴィア嬢のこともあるし、そんなに悪い話ではないと思うのだが……」


このまま結婚するにしても、破談になるにしても、オリヴィア嬢には助けが必要になるとヒースは考えていた。そのため、実の兄であるルドルフの協力を得ることができればと考えていたのだ。


しかし、ルドルフは首をタテには振らなかった。


「どうしてだ?」


「実は、叔父が領地を横領したのだ」


「なに!?」


ヒースはその言葉に驚き、エリザを見た。だが、彼女も首を振っていることから、その話はかなり内々の話で片づけたのだろうと悟る。事実、その話は3か月も前の話であり、叔父も含めた関係者はすでに捕えて監視下に置いているという。


「だがな、解決したとはいっても、家臣たちの少なくない者たちが未だに俺への家督継承に不満を抱いていてな……とにかく、まずはそちらを片付けなければならないのだ」


だから、卒業後は領地に赴いて、少なくとも数年は足元を固めることに専念したいとルドルフは言った。こうなると、ヒースもそれ以上の無理強いはできない。


「わかった。そういうことなら、今回は諦めることにするよ。だけど……」


「ああ、わかっている。いつの日か必ず、おまえの力になることを約束するよ」


それだけ言って、お互い拳を交わしたのちに、ルドルフはヒースの元から離れていく。


「寂しくなりますね」


「そうだな」


入れ替わるように近くにきたエリザに言われて、ヒースも認めた。ただ、いつまでも感傷に浸りはしない。二人はそのまま他のクラスメイト達に別れを告げて、教室を出た。


「それで、どう思います?」


学院から帰る馬車の中、エリザはルドルフが言っていた『ティルピッツ家のお家騒動』についてヒースの考えを訊ねた。彼女は確信しているのだ。おそらく、問題の大元はティルピッツ領にはないことを。そして、それはヒースも同意見だ。


「デビットソンのことといい、どうやらワシに不満を持つ者たちも動き出したようだな……」


それが誰かはわからない。デビットソンもついにそれを吐くことなく、絶命したのだ。但し、あれほど強気に出ていたことを考えれば、決して低くはない身分の者たちが関わっていることくらいは想像がつくというものだ。


「徹底的に調べさせねばならぬな。何人たりとも、ワシの邪魔はさせるわけにはいかぬからのう」


ルドルフが間違って敵にならないようにするためにもと、ヒースは窓の外を見ながら決断を下したのだった。

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