幕間 勇者義輝は、罠に嵌められる(前編)

きっかけは、町に溢れている怪文書だった。


『7月10日正午、アムール連邦ザムエル王国はレブラの丘にて貴殿を待つ——。松永弾正少弼』


文書は、新聞にも掲載され、ギルドの掲示板にも貼りだされたが、すべて日本語で記されていたため、この世界の住人には伝わることはなかった。ただ、義輝にはこれ以上にない程、当然だが伝わる。


「弾正め……。余に挑戦状を叩きつけて来るとは、いい度胸だ」


怪文書を目にする直前、義輝は武蔵の勧めによって、一旦ロンバルドに戻るべく、上陸した上陸したウェストガルドに向けて進路を西に取っていた。怨敵・松永久秀は、元々ロンバルドにいるのではないかという、彼の推理を採用して。


しかし、標的である久秀が自らこうして、こちらに来たとなれば、事情は変わってくる。


「きちんと皺首を洗って待っておるのだぞ、久秀♪」


盗んだ馬に楽しそうに鞭を打ちながら、義輝は武蔵と共に今ではこうして東に向けて急ぎ進んでいた。そして、期日の前日、余裕をもって現地に入る。刀の手入れや食事や睡眠もバッチリとり、こうしてあとは久秀の登場を待つばかりだった。しかし……


「遅い……!」


すでに約束の時刻からは、3時間以上過ぎている。この辺りは周りに木々もないため、夏の暑さは義輝を直撃して、それが苛立ちを加速させていく。それは、立会人としてこの場にいる武蔵も同様であった。


(もしかして、謀られたか……?)


始めは、自身の経験から焦らして義輝の集中力を乱す作戦なのかと考えていた武蔵も、さすがにこれはおかしいと考え始めていた。ただ、そうなると、なぜ来るつもりもないのに挑戦状を送りつけてきたのかということになるのだが……そこは相手の意図が読めずにいる。


そうしているうちに、さらに時間が進み……ついには日が没した。結局、久秀は現れなかった。





「くそ!やってられるか!」


翌日、近くの町まで戻った義輝は、到着するなり酒場に駆け込んで、真昼間にもかかわらずエールを一気にあおった。


「上様……お気持ちはわかりますが、そのように大声をあげられたは、流石に人の目が……」


「だまれ、武蔵!貴様は悔しくないのか!!あの糞ジジイにまたしてしてやられたのだぞ!ああ、クソ!腹ただしい!!」


武蔵の忠告も、結局、怒りを増幅させる燃料にしかならず、空になった器を見て、義輝はおかわりを女将に注文した。そして、テーブルに置かれるなり、また一気に飲み干しては追加を頼んでいく。


(はあ……仕方ないかぁ……)


こうなってしまっては、どうにも止まりそうにないと判断して、武蔵は義輝を放置して飲み代を稼ぎに店を出た。道場破りを何軒かこなせば、何とか今日の宿代も含めて払い切れるかなと考えながら。


しかし、これは失敗であった。


「えっ!?」


3時間ほどして、十分な資金を獲得した武蔵が酒場に戻ると……そこは一面血の海と化していた。足を踏み入れて、辺りに転がる死体を観察すると、いずれも剣で斬り殺されたことがわかる。しかも、その場には義輝の姿は見当たらない。


「ま、まさか……」


武蔵は、直感的に義輝がやったのではないかと考えて、建物の奥へと進んだ。このエリアは、店主一家の居住スペースであるが、もしかしたらこちらにいるのではないかと。


すると……そのとき赤子の鳴き声が聞こえた。


「もしかして……あそこか!」


声が聞こえる方を見れば、廊下の先に少し開いた扉から明かりが漏れているのが見えた。ゆえに、武蔵がその部屋に踏み込むと、そこには予測通りに義輝がいた。但し、喉を切り裂かれ、物言わぬ骸となった半裸姿の女将の横で大いびきをかきながら。


「う、上様!?こ、これは一体……」


「ん……なんだ……武蔵?なぜ、ここがわかった?」


「ここがわかったじゃないでしょ!これは一体どうしてこのようなことを!!」


「ん?」


この状況から考えれば、義輝は酒に酔った挙句、この女将を自分の物にしようとしたのだろう。もしかしたら、酒場にいた連中はそれを止めようとして、殺されたのかもしれない。


目を擦りながら、義輝は起き上がり、隣にある女将の亡骸を見て驚いているが、それがどこか白々しくも武蔵は感じていた。


「ち、違う!余は何もしておらん!」


だから、こうした弁明の言葉も心に響かない。何しろ、彼は将軍だ。元々、下々の命など虫けら同然にでも思っていたのだろうと、武蔵の心はこうして醒めていく。だが、同時に表通りが騒がしくなっていることも知る。


見れば、この町の兵士たちが武器を手に取り、こちらに向かって来ている姿が確認できた。


「……とにかく、この場はお立ち退きを。このままでは、この町の兵士たちと一戦交えることに……」


おそらく、戦えば勝てるだろう。だが、武蔵はこれ以上罪のない者たちが命を落とすことを望まなかった。そして、それは義輝も同じようで、二人は酒場が包囲される直前、裏口から逃げ出したのだった。

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