幕間 勇者義輝は、罠に嵌められる(後編)

酒場での惨劇から2日経ち、町の衛兵たちの追跡を振り切った義輝と武蔵は、放棄されて久しい旧街道の峠道を東へ進み、ザムエル王国からリュージュ王国へと足を踏み入れた。アムール連邦は、大小7つの国々の連合体であるため、国境を越えて別の国に行けば、捜査の追跡から逃れられると考えたからだ。しかし……


「どうやら、甘かったようですな。こちらの国にもどうやら手配書が回っているようで……」


国境を越えて最初の町で食料を調達してきた武蔵は、洞で待機していた義輝にそう告げた。出回っている手配書をそのまま手渡して。


「何度も言っているが、余は何もやってはおらん!」


「それは何度も伺いましたが……あの状況では何を言っても……」


「それでも、余はやってはおらん!」


手配書には、義輝がやったと疑われる『殺人』『婦女暴行』『強盗』と……その罪状が記されていて、あとは顔写真と共に30万Gの報奨金まで記されていた。そして、『全国指名手配』の文字も。


もちろん、義輝もそれらの文字は見えている。しかし、その全てを真っ向から否定した。酒を飲んでいて女将に絡んだかもしれないが、あんなに酷いことは流石にやっていないと。


「それなのに……どうしてこんなことに……」


月明かりがわずかに差し込むだけのこの場所で、義輝は頭を抱えていた。征夷大将軍であり、正義の執行者であるはずの自分が、どうしてこのような屈辱を受けねばならぬのかと、何度も何度も口にして……「全ては、松永弾正の陰謀に違いない」と罵りながら。


(松永久秀ねぇ……)


そんな義輝の姿を横目に、武蔵は調達してきたパンをかじりながら考える。その名は、かの第六天魔王と呼ばれた織田信長ですら、『極悪人』と評した人物であるが故に、もちろん知ってはいる。だが、義輝の言うように、今回の一件も彼の差配によるものだろうかと。


(まあ……あり得ない話ではないな。態々、ワシを召喚して戦わそうとしたのだから、罠に嵌めるくらいはするかもしれん……)


しかし、一方で考える。もし、本当にそうであるならば、果たして勝ち目があるのかと。


(義輝公には悪いが……これでは勝てぬな……)


確かに、義輝の戦闘能力は同じ剣士である武蔵から見ても、遥かに化け物である。何しろ、重い怪我を負っても、特殊な能力なのか、短時間で元通りに修復するのだから、もし戦わなければならないのであれば、悪夢以外の何物でもない。松永久秀だろうが、斬ることは容易いはずだ。


しかし……それは、あくまで戦うことができれば……だ。


現にこうして、久秀は義輝の前に姿を見せることなく、逆に義輝をあの手この手と遠ざけていく。武蔵は十中八九、旅立ちの地であるロンバルド王国に居るとにらんでいるが、この調子ではきっと戻ることができないようにも、手を打っているだろう。


そして、この精神的に幼い義輝がこの久秀の見えない手を跳ね除けて、首元に刃を突きつける日が来るとは到底思えなかった。さっきから何度も「正義」と口にしているが、そんな物が何の保障になるのかと呆れているのだ。


(それならば……)


これ以上、義輝と共に行動して何になるのかという考えが武蔵の脳裏をよぎった。例え離れることで日の本に帰れなくても、生のある限り、この世界でやりたいことをやればいいのではないかと。


「……すまん、武蔵。少々取り乱してしまった」


「お気になさらず。ささ、朝は陽が上る前にここを出ますので、今のうちに休息を。寝ずの番は、某が引き受けますので」


だが、武蔵は思い直す。いずれはそのような選択をする日が来るかもしれないが、今、この状況で見捨てるのは武士の道に外れるのではないかと。


(せめて、義輝公の行く末に目途が立つまでは……)


一人静かに焚火に枝をくべながら、武蔵はそれも左程遠い日ではないだろうと予測していた。自分が排除したが、久秀は義輝が思惑通りにロンバルドから遠ざかっていくように、案内人を付けていたのだ。ゆえに、自分が去ることができる日に、何らかの形で用意するのではないかと。


「ははは……つまり、ワシは余計なことをしただけにすぎぬということか……」


安らかな寝息を立てている義輝の顔を見て、武蔵は申し訳なく思った。そして、次に久秀の手が伸びてきた時は、抗わずに任せようと心に決める。自由は無くなるかもしれないが、その方が義輝にとっては幸せだろうと考えて。

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