第231話 悪人は、懸案事項を片付けて

「ふふふ……ふはははは!!!!!」


「……どうかなさいましたか?ヒース様」


「見てみろ!【揚羽蝶】からの報告だ。義輝が……あのアホ公方が……アムール連邦で全国指名手配犯となったようだ」


「ざまあみろ」と大喜びのヒースだが、当たり前ではあるがエリザは先に内容を目にしており、全てを知っている。さらにいうと、その先に書かれている宮本武蔵の離脱についても。


「罠とは知らずに、行きずりの女に情を通じて義輝と袂を分かったとか。剣豪とはいっても、所詮はオスでしたね……」


「まあ、そういうてやるな。奴には金に糸目をつけずに、飛びっきりの美女を用意してやったのだからな。これで乗らない様であれば、こちらが困るというものだ」


くつくつ笑いながら、ヒースは本当に金がかかったのだぞと言って、その報告書を閉じた。他にも、義輝が再び【陽炎衆】が用意した仲間に監視されながら、アムール連邦から海路東へ進み、今はレムシア帝国にいることも書かれていたが、最早興味は示さない。


一先ず危機は去ったのだ。


「さて……義輝のことがこうして片付いたとなれば、しばらくは急ぎの用はないな?」


「え?……ええ、そうですね。たぶん、その認識で大丈夫かと思いますが……」


ここの所の懸案事項であった物価高も、マルコら御用商人たちが転移陣を使ってアムール連邦より物を仕入れることができるようになり、最近では落ち着きを見せていた。


また、クルトが提起した『爵位、役職と引換えに貴族らに納税を呼び掛ける』という改革も、賛否を問う声はあるものの、それでも無事に法制度化しようと順調に進められていた。


ハインリッヒの方も、ルキナの侍女となったヘレンと早速良い仲になりつつあり、大きな問題は起こしていない。オリヴィアも、相も変わらずフィリップ王子らと共に慈善活動に精を出しているが、特に変わったことは見当たらなかった。


残る懸念は、周辺諸国の状勢だが、どの国も海に海獣が出現したため、その対応に追われており、ロンバルドに攻め込もうという国はない。それは、ランデル王を討ち取り、勢いに乗ってもおかしくないローゼンタール王国も例外ではなかった。


つまり、ヒースの言うとおり、思い返しても急ぎで片づけなければならない案件は見当たらなかった。


「よし、それなら、皆でバカンスと行こうではないか」


「バカンスですか?しかも……皆とは?」


行き先もそうだが、一体どこまで声を掛けるのか。そうエリザが思って訊ねると、ヒースは答えた。西部に浜辺がきれいな景勝地があり、そこに側室、妾も含めて家族全員で休暇を楽しもうと。


「子供も増えたことだしな。この際、顔合わせも兼ねてだな……」


「それは……もしかして、ルドルフ君への支援のおつもりですか?」


ヒースが示した景勝地があるブレーデンは、ティルピッツ侯爵領のすぐ隣に位置していた。そして、摂政の旅行ともなれば、当然だが少なくない護衛の軍勢がつくのは常である。だから、口ではそういうが、エリザは勘づいたのだ。この提案の裏には、そう言った事情があるのではないかと。


「あいつ……手紙をよこさないが、【歩き巫女】からは何かときな臭い話が……な」


すると、ヒースはあっさりとその思惑があることを認めた。そして、もし必要ならば、その兵を用いて支援すると。


「ですが、それはルドルフ君の意志に反するのでは?手紙を送ってこないということは、自分の力で解決するというおつもりかと思いますが……」


「例えそうだとしても、つまらぬお家騒動で失うには勿体ない男だ。少なくともあと50年はワシのために働いてもらわねばならぬのだからな」


だから、ヒースは必要であれば、軍事介入をためらわないと言った。一時的にルドルフの不興を買うかもしれないが、死んでしまえばそんな喧嘩すらもできなくなるのだからと譲らない。


「まあ、それでもギリギリまでは手を出さぬつもりではいる。取りあえず、エリザもわかって欲しい」


そして、そこまで言われてしまえば、エリザの方から言えることは何もない。余計なことは言わずに、ただ「承知しました」と伝えて、この話はこれでおしまいにするのだった。

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