第179話 悪人は、選択する

「……それで結局、そのアルトマン侯爵はどうしたの?」


「出世も大事だが、命はそれより大事だということらしい。逃げるように辞任を表明して、会議室から出て行ったよ」


今日はルキナの日であるがゆえに、アルデンホフ公爵邸で寛ぐヒースは、小馬鹿にしたように彼女に御前会議の顛末を話した。これで、ヤツに宰相の芽は無くなったと笑う。口は災いの元だとして。


「それにしても……魔王とか魔族とか、本当にいるんだな?」


「いるわよ。転生神殿でもそう言ったでしょ?」


「ああ、そういえば、その魔王の四天王ってやつになる予定だったんだな……」


ヒースは、ルキナの答えから転生神殿でのやり取りを思い出して、懐かしく思った。体感的には16年ほど昔の話だが、あのときは無理を聞いてもらったなと。


しかし、一方でそう懐かしんでばかりいられないことも理解している。消息の確認を含めて、今回の一件を解決に向けて前に進めるためには、その魔族とやらを何とかしなければならないのだ。


「とにかく、現地の情報が欲しいな……」


リヒャルトではないが、ブレンツ子爵のことについては、ヒースも推挙した手前、少なからぬ責任を感じていた。そのため、何とか【揚羽蝶】をバダンテールに送り込む段取りをしている。せめて生きているのか、死んでいるのかだけでもわかればと。


そして、そんなことを思いながら、独り言のように呟いた後に、隣に座るルキナの様子がおかしいことにヒースは気づいた。彼女の方もなにやら考え込んでいるようだった。


「どうかしたのか?」


「ねえ、ヒース。もしも、『あなたの力なら、魔王軍の四天王程度であれば、何とかなる』……って言われたら、どうする?」


「えっ!?」


何を言っているのか、一瞬意味が分からずにヒースはルキナを見るが、その眼差しから冗談を言っているようには見受けられない。だから、確認する。それは本当なのかと。


「たぶん……だけど、仮にあなた一人で乗り込んでも何とかなると思うわ。元々、あなたはこの世界でその四天王になる予定だったからね」


【毒魔法】や【爆発魔法】などの強力な魔法、【爆弾正】や【蓑虫踊り】などのスキルは、『妖怪平蜘蛛』に転生することが前提で与えられたものだとルキナは言った。あの神殿で補正したのは、人間に転生させるとことと、転生先で困らないように身分を高く設定したくらいであると。


「【四十八手】は絶対におまえの趣味だろ?」


「……ノーコメントで」


顔を赤くさせながら、誤魔化したルキナはかわいい。ヒースはそのことを意識して、後でしっかりとかわいがってやろうと決めるも……今はそのことを一先ず置いて、話を元に戻す。


「つまり、本気を出せば、本当にそこそこはやれるというのだな?」


「ええ、そこそこどころか、四天王位なら虫けらのようにプチっと潰せると思うわ。だから、情報収集や少人数の救出程度なら、直接乗り込む方が犠牲者も出ないし、話も早いわね。……それでどうする?乗り込む?」


「乗り込むって……」


ヒースは窓の外を見て即答した。「今はそこまでするつもりはない」と。その方角には、ルクセンドルフ侯爵邸があった。


「まあ……今から行けば、エリザの出産には間に合わないわね……」


「そのとおりだ。もちろん、今回の件で責任を感じているし、子爵は何かと使えるから、何とかしてやりたい気持ちがないわけでもない。……が、ワシにとって、エリザは最優先だ」


この世界では、出産は女性にとって命がけの一大イベントだ。決して少なくない確率で、命を落としている。加えて言うならば、エリザの母親も産後の肥立ちが悪くて命を落としているのだから、もしかしたらそうなる可能性は他の者らよりも高いのかもしれない。


それゆえに、その日が近づくにつれて、ヒースは不安を感じていたのだ。


「無論、男のワシがいたところで、実際には何もしてやることはできん。それでも、せめて近くにいてはやりたいのだ。もしものときに、後悔しないためにもな」


ヒースは最後にそう締め括って、ルキナに結論を伝えた。例えフローラ嬢に恨まれようが罵られようが、この決断は変えないと。


「そう……そこまでいうのなら、わたしの方からは何も言えないわね」


「不服か?」


「少しはね。元・女神だし、今はこの国の王女だからね……」


ルキナは正直に思っていることをそう伝えるも、だからと言ってヒースに翻意を求めたりはしない。彼女は彼女なりに、そんな自己利益優先の決断を下すことができるヒースが好きだからだ。

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