第180話 悪人は、葛藤の中で……

結局、ヒースはバダンテールに行くことなく、それからまた半月が過ぎた。しかし、その間、事態はバタンテールに留まらずに、日々悪化の一途をたどっていた。


「国王陛下!グリムア王国より、救援の要請が!!」


「待て!グリムアはまだ余力があるはずだ。それよりも先にジェイタを救う方が先だ!あそこが落ちれば、たばこが手に入らなく……」


「誰が今、たばこの話をしろと言った!別に死にはせんだろうが。吸わなくったって!!」


「死ぬわ!!貴様ら、禁煙派にはわからんだろうが、あれがなければ、心が死ぬんだよ!!だから、何としてでもジェイタを……」


「……その理屈なら、わたくしはガイナ王国を最優先で守ってもらいたいわ。チョコレートが食べられない生活なんてあり得ないし……」


喧々諤々。王宮の大広間では、日々伝えられる危機的なニュースに心を乱した貴族たちが呼びもせぬのに集まっては、こうして好き勝手に喚いている。一応はガス抜きのために、国王の影武者を玉座に座らせてはいるが、その大きな声は、会議を行っているこの部屋まで聞こえてくる。


「ははは……みんな元気がいいよね。分けてもらいたいよ……」


「冗談ではありませぬぞ、殿下。我が国とていつ攻撃を受けるかはわからぬのですから、あのような輩とは距離を置いて、真剣に考えねば……」


「そうはいうが、ローエンシュタイン公よ。そういう貴殿は何か妙案はあるのかね?」


「ないからこうして皆で話し合おうと言っているのだ、ティルピッツ侯よ。そういう貴殿こそ、何かないのかな?」


「なにもないから、こうして困っておるのだろう?なあ、アルデンホフ公」


「え……」


突然、話の流れでそう振られて、ヒースはつい言葉を詰まらせた。その方法を知っているが、エリザの出産がもう間もなくという段階で、口にしたくはなかった。


ただ……そうはいうものの、迷いがないわけではない。もし、ルキナから話を聞いたときにすぐ動いていれば、もしかしたらここまで事態が悪化することはなかったのかもしれないと考えると罪悪感を覚えないわけでもない。


(どうする?言うべきか……)


言って、そのうえでエリザの出産まで待ってもらう。そのプランはこれまで何度も考えたが、高い確率で「今すぐ行け!」と全会一致で議決されるのがオチだ。それゆえに、何か待ってもらうだけの捻りが必要なのだが……それが思いつかずに時間をダラダラと使っていく。


そして、今日も何の成果もなく、会議終了予定の時刻を迎えようとしていた。大広間は相変わらずまだ賑やかではあるが、この部屋はいくつものため息が場を支配した。


「それでは、この続きはまた明日……」


結局、今日もヒースは決断することができずに、その葛藤を知らないリヒャルトがそう最後に締め括って、会議を終わらせようとした。しかし……そんな一同の前に、広間に来ていただきたいという者が現れた。彼は国王の影武者に付けていた監視役である。


「どうかしたのか?もしかして、影が要らぬことを言ったのか?」


ヒースの顔が厳しいものとなり、その監視役の男に事情を訊ねる。すると、彼は言う。そうではないが、大広間の方で意見がまとまりつつあると。


「それはどういうことだ?」


「実は、ベッケンバウアー枢機卿の提案なのですが……」


監視役の男は、包み隠さずに大広間でまとまりつつあるという意見を話し始めた。すなわち、魔王に対抗するために勇者を召喚すると。


「勇者?」


何だそれはと思うヒースだが……この部屋に居る者の中で、どうやら知らないのは彼だけのようだった。ただ……リヒャルトも、ローエンシュタイン公も、ティルピッツ侯も一様に昏い表情をしているので、碌なことではないことは理解した。


「しかし、確かに一理ありますな。殿下、枢機卿の言うとおりやってみても……」


「だが、ティルピッツ侯。そうはいうが、術を成功させるためには、膨大な魔力が必要なのだ。確か……500年前は、200人の魔法使いの命と引き換えにやったが、それでも上手く行かなかったとか」


「それならば、今回はその倍を用意すればよろしいでしょう。どのみち、このまま何もしなければ、犠牲を回避した者たちも含めて、皆、命を落とすことになるのですから」


腹を括ったのか、比較的乗り気になっているティルピッツ侯の勢いに押されて、最終的にリヒャルトは一先ず大広間に行くことには同意した。もちろん、ヒースもこれに同行する。彼としては、事情がよくわからないこともあり、今の所は賛成でも反対でもない。


但し……大広間でベッケンバウアー枢機卿の話を聞いたヒースは、この件に関するこれまでの自身の判断が誤りではなかったかと悩むことになる。こんなことになるのであれば、わがままを言わずにさっさとバタンテールに行っておくべきだったと。


面倒ごとの入口は、もうすぐそこまで来ていたのだった……。

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