第181話 悪人は、勇者召喚が気に食わない
勇者召喚――。
それは、魔王という脅威が存在するこの世界において、人類最後の希望とも言える秘術だ。但し、実現することは容易ではなく、最後に実現したのは、実に800年も前の話となる。
ネックになるのは、召喚用の魔法陣を発動させるために膨大な魔力が必要になる点だ。先にリヒャルトが懸念したように、過去幾度か執り行われた召喚では、途方もない魔法使いが犠牲となっていた。
だからなのだろう。少なくともこの200年においては、この秘術は使われていない。確かに実現できれば、犠牲にしたもの以上の圧倒的なカードを手に入れることはできるが……人道的な問題を考えれば、どの国の為政者も二の足を踏まざるを得なかった。だが……
「勇者を召喚するために、何も生贄が必要というわけではないのですよ。召喚に必要な魔力さえ集まれば……」
勇者召喚を提唱したベッケンバウアー枢機卿は、昔のように能力の高い魔法使いが命がけで力を振り絞るのではなく、大勢の人々から少しずつ魔力を集めればよいのだと言った。そして、それを可能にする魔法陣を教会では用意しているとして。
そうなると、勇者召喚に異を唱える者は最早いない。当初は慎重な姿勢を示していたリヒャルトや、旗幟を鮮明にしなかったローエンシュタイン公でさえも、あれから3日経った今では賛同に転じて、我先にと毎日少しずつ魔法陣に魔力を注いでいた。
何しろ、こうしている間にも魔族は様々な場所を襲って、その勢力圏を拡大しているのだ。この国には今のところ被害は出ていないが、それがこの先も続く保証はないのだ。だから、ヒースもその気持ちは理解していた。ただ……
「……気に食わないな」
「なにがよ」
「勇者のことだよ。どいつもこいつも、肝心なことに気づいていやしない。誰が来るのかは知らないが……下手したら、この国、いや、この世界が乗っ取られるぞ……」
そんな魔法陣がある大聖堂の前を馬車で通り過ぎたヒースは、車窓から見える人々の列を見ながら、隣に座るルキナに言葉をぶつけた。つまり、仮に魔王を倒したとして、どうやってそのような化け物を御すことができるのかと言っているのだ。
しかし、ルキナは笑う。呑気に「大丈夫じゃない?」と言って。
「前にも言ったけど、あなたの実力も相当なものよ。今はまだ魔王には及ばないかもしれないけど、それも努力次第では何とかなる位にね。だから、例え勇者であっても……」
「怖れる必要はないと言うのか?だが……おまえはそういうが、ワシは今一つ実感がわかぬのよ……。本当にそうなのか?」
「それなら、試しに魔族と戦ってみれば?バタンテールに行けば、わたしの言ったことが正しいってわかるから」
ガタゴト揺れる馬車の中で、ルキナはヒースにそう言った。しかし、ヒースは首を左右に振った。
「もうすぐエリザが出産するというのに、そういうわけにはいかんだろ?片道で半月はかかるのだぞ。瞬間移動でも使える奴でもいれば別だが……」
「瞬間移動のスキルねぇ……」
そんな便利な能力を持つ者がいれば、確かに問題は一気に解決するかもしれないが、その後は勇者を召喚するよりも厄介な話となるだということが予想できた。何しろ、いつでもどこでも移動ができるということは、要人を暗殺することだって可能なのだ。
だから、ヒースの様子からそのような能力者を抱えていないことが分かって、ルキナは少しホッとした。色々な人材を集めているので、もしかしたらと疑っていたからだ。そうしていると……馬車はゆっくりとルクセンドルフ侯爵邸の玄関に到着した。
「とにかく、今の話はエリザには内緒だぞ」
「わかっているわよ。今は、子供を産むことに専念させないとね」
二人はそのような会話を交わしながら、馬車を下りて玄関から屋敷の中へと歩き出した。しかし、すぐに異変に気付く。見れば、使用人たちがバタバタと早足で駆けまわっていて、当主であるヒースが帰ってきたというのに誰も出迎えないのだ。
「まさか……」
ヒースは嫌な予感を覚えて、ルキナを置き去りにするようにして階段を駆け上がった、目指すは、エリザの寝室だ。だが……扉の前にはアーベルがいて、入ることは叶わない。
「どけ、アーベル!」
「お、落ち着いてください、お義兄さま。今、カリンが中で治癒魔法を使っているので……」
「ち、治癒魔法だと!?」
その言葉に、ヒースの顔面から一気に血の気という血の気が引いていく。なぜなら、体に異常が生じなければ、そんな魔法は必要ないからだ……。
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