第178話 悪人は、御前会議に臨む
「……密かに忍び込ませた密偵の話によれば、8月14日の夜のことだったそうです。魔王の軍勢が大挙して首都郊外の浜辺に上陸したのは……」
9月3日、ここはリンデンバークの王宮——。
急遽開催された御前会議で、ヒースは命からがら戻ってきた【歩き巫女】からの報告を元に、一同に事態の説明を始めた。そして、その夜のうちに首都の城壁は破られて、町は魔族によって蹂躙されたと。
なお、御前会議という体裁を取ってはいるが、玉座に座る国王ハインリッヒはいつもの通り影武者で、ここにはいない。そのため、事実上の首座は、摂政であるリヒャルト王叔だ。
「それで、ヒース君。ブレンツ子爵以下、我が国から派遣した使節の消息は?」
「残念ながら、そこまでは……。無事であって欲しいとは願っておりますが……」
「クライスラー侯。そちらの方にも知らせはないか?」
「はい……今のところは」
「そうか……」
独自の諜報網を持つヒースと国家情報局のトップにいるクライスラー侯爵の二人にそう言われて、それならば間違いないだろうとリヒャルトは肩を落とした。彼らは国のために海を渡って行って、今回の事件に巻き込まれたのだ。少なからぬ責任を感じていた。
だが……空気を読めない者はどこにでもいるもので……
「まあ、よろしいではないですか。バダンテールが滅びたということは、かの国が主張していた旧バルムーア王国に貸したとかいう借金も、これでチャラになったわけですから」
呑気そうにそう言ったのは、外務大臣のアルトマン侯爵だ。彼は次期宰相の座を狙っていて、財務大臣となったバーデン侯爵がヒースの作った借金で足踏みしている間に、逆転を狙ってこの問題を早く解決したかったのだろう。その口調はなめらかで、軽快だった。
しかし……リヒャルトも、現職の宰相であるローエンシュタイン公爵も、その発言に対していい顔はしなかった。
「アルトマン侯。いくらなんでも、今の発言は不謹慎ではないのかね?」
「え……?」
「まことに殿下の仰せられる通りでございますな。政府を預かる身として、このとおりお詫び申し上げます」
「さ、宰相閣下……」
リヒャルトに頭を下げながらも、ローエンシュタイン公爵の……その言葉の端々には怒気が籠っていて、アルトマン侯爵は自分の失言に今更ながら気がついた。
(まずい……このままでは……)
背中には嫌な汗が滲み出てくる。大臣の任免権は宰相にあり、従ってこのまま罷免される未来を想像する。もしそうなれば、ポイントを稼ぐどころか、宰相になる芽は完全に摘まれてしまうことだろうと。
しかしここで、意外なことにヒースが助け舟を出した。
「まあまあ、皆さん。そんなにいきり立たなくてもいいじゃないですか。こうして、自らの失言に気づいて反省しているわけですから」
「アルデンホフ公……」
これまでヒースをライバル視していたせいで、その本性を知らないアルトマン侯爵は、素直に助けてくれたと思って感極まった。そして、あろうことか「いい奴だ」なんて、幻想を抱いたりもする。
だが……当然そんなはずもなく、呆れるような顔で見つめるリヒャルトと、笑いを堪えながら何を言い出すのかと待ち構えているローエンシュタイン公爵とクライスラー侯爵を前に、仕上げとばかりにトドメとなる言葉を放った。
「それで、アルトマン侯。バダンテールにはいつ乗り込まれるので?」
「へ……?」
一体、何を言っているのだろうと呆けてしまったアルトマン侯爵に、ヒースは説明する。バダンテールは本当に滅びているのかと。
「そうでなければ、本当に債権が消滅しているのか。わかりませんよね?」
「し、しかし……バダンテールはすでに滅びたと、あなたも言われて……」
「状況的にはその可能性は高いというだけですよ。でも、本当にそうとは今の時点では言えないのでは?」
首都は陥落したとはいえ、場合によっては、辺境の地に亡命政権を作って抵抗を続けているかもしれない。ゆえに、どのようなことになっているのか、外交の責任者として直接乗り込んで確認すべきではないかとヒースは迫った。
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