幕間 手下となった子爵は、盛大なフラグを立てる

「あ……お父様。お帰りなさい」


「ただいま、フローラ。実はいい話があるのだが……」


ルクセンドルフ侯爵邸から戻ったブレンツ子爵ブルースは、馬車の中で見せていた憂いの表情を一先ず隠して、出迎えに現れた娘に笑顔でそう告げた。そして、そのまま応接室に供に入り……ヒルデブラント伯爵家との縁談が成立したことを伝えた。


「相手は、跡取り息子のハインツ殿と言ってな。今は、近衛騎士団に所属する将来有望な若者だ。まあ……歳はおまえよりも6歳ほど若いが……ってどうした?」


「いえ……また夢でも見ているのだろうと思いまして。こうして頬を抓って目を覚まそうと……キスの直前で目を覚めるというような残酷な結末にならないように……」


そう言いながら、本当にこれでもかと言わんばかりに自分の頬を抓っている哀れな娘に、ブルースは何とも言えない気持ちになった。それは、さっき馬車の中で自分もやっただけに。


だからこそ、これが夢ではないと彼は告げた。そして、彼女に受けてもいいのかと訊ねると、すぐに返事が返ってきた。もちろん、Yesだ。


「そうか……それなら、話を進めるとしよう。早速だが、明日、そのハインツ殿とご両親がこちらに挨拶に来られる」


「えっ、明日!?しかも、こちらに挨拶に来られるのですか!」


「そうだ。すでに執事のルーカスに命じて準備するようには伝えてあるが……おまえもそのつもりでな。準備とかもあるのだろう?」


「それはそうですけど……あまりに急すぎているような……」


父であるブルースの話に、フローラは首をかしげた。突然婚約が決まったこともそうだが、格上の伯爵家の方から挨拶に来たり、いきなり明日顔合わせをするなどと……普通であれば考えられないことのオンパレードだ。それゆえに、これはやはり夢だと結論付けた。


「もうやだ……これで499回目よ……結婚だの婚約だのの夢は、いつになったら、正夢に…なってくれるのよ……」


「大丈夫だ!今度こそ間違いないから。だから、泣くな。事情は今から話すから、そんなに絶望したように泣かないでおくれ、フローラ……」


ブルースはそこで全ての事情を話した。この縁談は、アルデンホフ公爵であるヒースが仲介に入っている話であるため、先方が気を使わざるを得ないことを。


そして……急いで事を進めようとするのは、その代償としてある命令を果たすために、急遽この王都を……いや、この国から出立しなければならなくなったということを。


「何を命じられたのですか?」


「バダンテールに行って、旧バルムーア政府が借りた借金が消滅していることを説明して……認めさせろということだ」


「はぁ!?」


一体どうしてそのような話になるのか。フローラは意味が分からずに、つい声を上げてしまった。……とはいっても、なぜそんな命令に父親が従うつもりなのかは理解している。すなわち、自分の縁談を成立させるための交換条件だと。


だが……先の戦争で子爵に陞爵したとはいっても、ブレンツ家は田舎の小さな貴族家の一つでしかないのだ。それがどうして政府の特使に選ばれるのか。荷が重すぎるのではないかとフローラは心配した。


「閣下が言うには、『親戚があっちにいただろう』と……」


「親戚って言っても、遠い親戚よね!?向こうはお父様のことをご存じなの?」


「いや……たぶん知らんと思う……」


それでも、そのブルースから8代遡った祖先から分岐したという親戚は、今やバダンテールで大店の商人であり、現職の財務大臣だという。話の種にはなるからというのが、ヒースに選ばれた理由だった。


「まあ……交渉事は専門家たちがやってくれるそうだから、本当に話の種として行って来いということらしいが……」


それはそれで、ブルースにとっては複雑な話だ。ただ……その代わりの交換条件を考えれば、拒むことはできない。ゆえに、結局こうして引き受けたということだった。


「お父様……」


「そんな顔をするでない。大丈夫だ。おまえたちの結婚式には間に合うように帰ってくるからな」


世の中には、フラグというものがある。出立前にこういうことを言ってしまえば、大抵の場合、災いがその身に降りかかるということを……このときの二人は気づくことはなかった。


そして……その1か月後。そのバダンテールから、世界を震撼させるニュースがこの国にもたらされることとなる。すなわち、魔王軍が同国を攻め滅ぼしたと……。

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