第246話 悪人は、後始末の交渉に臨む(後編)
「……ここは、先代のユリウス陛下が愛された隠れ家ともいう茶室だ。少し狭いが……余人を交えず話すということであれば、申し分はなかろう」
会議室から場所を移して、ヒースはこうして自身がプロデュースしたこともある『ユリウス王の茶室』に、コルネリアス王太子を案内した。これは、王太子の方からトップ同士で話し合いたいという要望に沿ったもので、二人以外の姿はない。他の者は、全員会議室で結果のみを待っているという状態だ。
「ご配慮ありがとうございます。それにしても、なんというか……凄い所ですね」
部屋の中には相変わらず一つの机と椅子が3つの椅子が置かれているだけで、他の調度品はほとんど置かれていない。それだけに、丸窓からは注がれる陽の光によって明るく見える一輪挿しと壁に飾られた桜の絵に、どうしても心が惹かれてしまう造りとなっている。
もちろん、そこまで理解してコルネリアスが言ったのかは不明だ。もしかしたら、単にみすぼらしい部屋で驚いたのかもしれない。
ただ、話の掴みとしてはそれで十分だった。ヒースは椅子に座るなり早速切り出した。極秘に何を望んでいるのかと訊ねる。
「単刀直入に申し上げるが、この機会にわたしと手を結んでもらいたい」
「ほう……」
「驚かないので?」
「いや……十分驚いているさ。こちらとしては、ハインリッヒの不始末に関する話をしてくると思っていたのだからな」
ただ、そういいつつも、ヒースはこのコルネリアスの事情をそれなりには知っていた。【歩き巫女】から上がってきている情報では、彼は亡くなった先妻の子であり、対して今の王妃は我が子可愛さのあまり、その地位から引きずり降ろそうとしていると。
「……それで、ワシが貴殿に味方することで得られる利益は?」
「ハインリッヒ王の件は、公爵への常識的な慰謝料に留めること。あとは……あなたが魔族と手を組んで、東の海に魔獣を放ったという話を……これ以上まことしやかに広めないことを約束しましょう」
「やはり……貴様らの仕業だったか。だが、何の証拠がある?言っておくが、あまり舐めた真似をすれば、弟もろとも国を滅ぼしてやるぞ」
魔族を使うまでもなく、純粋な国力・兵力でもロンバルドの方がロマリアを圧倒しているのだ。ゆえに、「もし、戦争になるようなことがあれば、バルムーアを滅ぼした時よりも早く全土を蹂躙するぞ」とヒースは脅して見せた。しかし、コルネリアスは動じない。
「もし、そのようなことをすれば……周辺諸国に噂は事実だったと認めるようなもの。さて、そのとき貴国はどうされますかな?」
「くっ……!」
そのような状況になれば、人族全ての国々を敵に回してしまうだろう。いや、それ以前にきっと国内でも造反者が相次ぐことは容易に予想ができた。つまり、コルネリアスはヒースの痛い所を突いてきたのだ。
それに、事実でないならば、所詮は噂話と無視をする手もあるが、何しろコルネリアスの流した噂話は全て真っ黒なほど事実なのだ。放置すれば、何が飛び出してくるのか予想し辛い。
(さて、どうするか……?)
ヒースは一度冷静になって思案を始めようとした。だが、それを見計らったかのように、コルネリアスが口を開いた。
「ああ、そうだ。そう言えば、我が国の宝物庫に『勇者殺しの槍』がありましたな」
「勇者殺しの槍?それは一体……」
「なぁに、あなたが殺したくてウズウズしている勇者の再生能力を破壊して止めを刺すことができる代物ですよ。どうです?わたしが王となった暁には、それを差し上げますが?」
そのような素晴らしいものを報酬に貰えるのであれば、ヒースとしては何の異議も見当たらない。よって、それまでの態度をあっさりと一転させてその餌に食いついた。
「……なんでも要望を言ってくれ。まず何をすればよい?」
「公爵がお持ちの【陽炎衆】を3名程お貸し頂きたい」
「陽炎衆?なるほど……変装か!」
ヒースもよくやる手ではあるが、この場合は弟や王妃の姿に変装させて、何か悪さをさせるのだろう。すると、コルネリアスが言う。この際、ハインリッヒの真似をさせて、有力者の妻女を襲わせると。
「そうなれば、弟の名声は地に落ちるわけだ。誰も王位に就くことなど望むまい?」
「それはそうだが……貴様も悪よのう……」
確かにそれなら勝てるかもしれないが、ヒースは思う。この男は下種だと。
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