第245話 悪人は、後始末の交渉に臨む(前編)
王宮内にある会議室には、摂政であるアルデンホフ公爵ことヒース、宰相クライスラー侯爵、外務大臣ボルケン伯爵の3名が正面扉から見て左側に、ロマリア王国の外務大臣メッペル侯爵、駐ロンバルド大使であるレーデン男爵が右側に陣取って座っていた。
ただ……議題は、ハインリッヒが一昨年に起こした不祥事の後始末についてだ。表面上は兎も角として、和やかな雰囲気で進むはずもない。
「エトワール公爵殿下は、心労のあまりすでにひと月以上館に籠られているようでして……」
「ほう……それはお気の毒ですな」
「お気の毒?ほう……謝罪の言葉はナシですか。いや……てっきり、この場にハインリッヒ王を呼ばれて、土下座でもさせるのかと思っておりましたが?」
「あははは、御冗談を。貴国の王妃や王女に手を出したというのならまだしも、所詮はその臣下の妻でしょ?なぜ、それしきのことで我が国の王が頭を下げねばならぬと?それに……寝取られた方が間抜けなのでは?」
「なっ!?」
きっとこのような回答が飛び出してくるとは予想していなかったのだろう。メッペル大臣は怒りに満ちた顔を正面に座るヒースに見せた。そして、「貴国には誠意というものがないのか!」と罵りもした。
しかし、そのヒースは、茶を啜りながらどこ吹く風と言わんばかりに、軽く聞き流した。左右に座るクライスラー侯爵も、ボルケン伯爵も一切動じた様子を見せずに、態度を同じくして。
すると、初手からロンバルド側の思惑通りに進みそうになっていると気づいたのだろう。後方に控えていた若い文官が大臣に何やら耳打ちする。それで、ようやく大臣の怒りが収まり……交渉は本題へと入っていく。
「今回の不祥事に対する賠償については、我が国の国王陛下より先頃ハインリッヒ陛下に書簡を送っている通りでありますが……」
その回答を聞かせてもらいたいと、レーデン駐在大使が切り出した。
「クロイツタール、バーデンブルク、ミッセルブルフの割譲……それに、1億Gの慰謝料か?先程も言ったが、たかが臣下の妻を寝取っただけだろ?要求が多すぎないか?」
その一言にまたメッペル大臣の顔色が変わるが、一方のレーデン大使は涼しい顔で続けた。
「そうですかね?受け入れられないというのであれば、我が国としては付き合いのある他国の方に今回のお話を伝えることになりますが?」
その場合は、ハインリッヒの名に不名誉な傷がつき、ロンバルドの威信も地に落ちるだろうと大使は懸念を伝えた。ゆえに、未来のある王を守るためにも決して損な話ではないと。
だが、そんな大使の言葉をヒースは鼻で笑った。
「陛下の名に不名誉な傷ねぇ……それで、この国に迷惑がかかるというのであれば、王の首を挿げ替えるだけの話よ。それなら、何も問題あるまい?」
「な……!」
この言葉には、大臣とは異なりこれまで冷静に話を進めてきたレーデン大使も驚きの表情を見せた。ただ……後方に待機していた先程の文官は何かに気づいたようで、今度は大使に耳打ちした。
「それはつまり……ハインリッヒ陛下を退位させることで、今回の騒動の責任を取らせるということでしょうか?」
「陛下には弟君がおられますからな。今回の不行状を理由に廃位したとしても、何も問題はないのですよ。領地を獲られるくらいなら……ね」
そして……その上で、ヒースは告げる。そのときは、ロマリアにいるハインリッヒの子は、確実に引き渡してもらいたいと。もちろん、後腐れなく殺すためだ。
「後で王位を求めて、陰謀をめぐらされると厄介だからな。それに対する謝礼ということだったら、1億Gを支払っても構わないと考えているが?」
その金額は、ロマリア側から要求があった慰謝料と同じ金額であった。つまり、その言葉から、金銭による賠償金なら兎も角、領地の割譲などありえないという意思をヒースが示したのだ。
「それで、どうする?あとは貴国が受け入れるかどうかだが……?」
「ちなみにですが……今回のことをなかったことにする前提で、慰謝料の増額や領地以外の利権を求めることは可能でしょうか?」
「ん?貴殿は……?」
突然メッペル大臣らの背後にいた……先程まで色々と耳打ちをしていた若い文官が提案をしたことで、ヒースは訝しく思ってその身分を訊ねる。もちろん、この外交交渉の場において、ただの文官が口を挟むことはあってはならないからだ。
すると、その文官は恭しく頭を下げて名を告げた。「わたしは、コルネリアス・ヴァン・ロマリアです」と。
「ロマリアの……王太子か!」
思わぬ大物の登場に、流石のヒースも驚きを隠すことはできなかった。
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