第244話 悪人は、権益の独占を弾劾される

ハインリッヒの御乱行が発覚してからすでに1週間。王都では順調に『ロマリア人狩り』が進められていた。但し……極秘裏に行われているため、この閣議に出席している者でさえも、ほぼ半数以上が知らなかったりする。


「えぇ、クルト君の発案で検討が進められてきた『売官制』の導入ですが、来年早々より開始することで法案をまとめました。詳細はお手元の資料を……」


そして、今、長々とこうして説明を続ける財務大臣のバーデン侯爵などは、知らない方に分類される。他にも司法大臣であるミデルダール伯爵や軍務大臣のカウニッツ将軍もそちら側だ。だから、ロマリアの特使が来る3日前にもかかわらず、こうして閣議は荒れることなく終わろうとしていた。しかし……


「摂政殿下。一つよろしいでしょうか?」


『売官制』の導入を承認した後、今日の会議はこれで終了と宣言しようとしたところで、商務大臣であるヘルモント子爵の手が上がった。


「発言を許可する。どうぞ」


「では……」


ヘルモント子爵は、あくまで王都で広まっている噂と前置きして、「この大陸の東の海域に海獣が出現しているのは、全て我が国の仕業である」という話を耳にしたと、この場にいる全ての者に披露した。


「いくら何でも、馬鹿馬鹿しい話だとは思いますが……しかし、その者らは口々に言うのですよ。『それなら、どうしてランブラン商会などの一部の商人たちがアムール連邦の物品を安定的に扱い続けることができるのか』と」


「それは……」


「摂政殿下。しかもですよ?よくよく調べてみると、ランブラン商会に限らず、アムール連邦の商品を扱っているのは、殿下と関係が浅からぬ方々ばかりなのですよ。もしかして……本当に魔族と繋がっておられる……とかではないですよね?」


ヘルモント子爵は、覚悟を決めたようにヒースに追及の矛先を向けた。彼はこの国で古くからある財閥の身内であり、そちら側からの要求でこのような質問をしたことは想像がつく。


だが、的を射ているだけに、回答は慎重に行う必要がある。ヒースは予てから用意していた答えをこの場で述べた。


「実はな、あまり大きな声では言えぬが……バルムーアで勇者の召喚を行った連中がいただろう?あやつらに大陸間の移動を可能にする魔法陣を編み出させたのだ」


そして、公にしないのは、まだ試運転の状況だからだと説明した。もしも、上手く発動しなかった場合は、命の保障ができないからと。


「つまり……親しい商人たちだけを使っているのは……」


「失敗した時に、奴らであれば責任は取れるからのう。もちろん、ずっとではない。もう少しこのまま続けて安全が確認できれば、誰でも使えるようにするつもりだ。無論、通行料は取るがのう」


本音で言えば、永遠に利益を独占したかったが、ヒースはそのことをおくびにも出さない。すると、ヘルモント子爵は納得したのか、それ以上の言葉は口にしなかった。よって、これにて閣議は閉幕となり、何も知らない閣僚たちは次々と席を立って会議室を後にしていく。


だが、彼らが去った後で、クライスラー侯爵が口を開いた。「妙ですね」と。


「妙とは?」


「実のところ、これまでもなぜ我が国の商人だけがアムール連邦の商品を扱っているのかと……市場では口にする者がいました。ですが、流石に魔族と手を結んでいるというような荒唐無稽なことを言いだす輩は見られず……」


「それは……もしかして、誰かが意図的にそのような方向に話を持って行こうとしていると?」


「その可能性はあるかと……」


クライスラー侯爵は、ハインリッヒの御乱行のことも、そのことで3日後にロマリアから特使が来ることも知っている。それゆえに、この一連の出来事がロマリア側の手によるものではないかとヒースに伝えた。


「真贋は兎も角として、この話が周辺諸国に広がれば……」


「ワシは……いや、ロンバルドは人族全ての敵になるか。ロマリアは、それを交渉材料にするつもりだということだな」


「おそらくは……」


面倒臭いことだなと、クライスラー侯爵の返事を聞いてヒースは笑った。敵になるのであれば、いっそのこと本気で魔族を動員して世界征服でもしようかとも考えてしまう。だが……


(そうなると……義輝に『ワシはここにいる』と教えるようなものだな。やめておこう……)


唯一勝てない相手との勝負を避けるために、ヒースはこの危険な考えを封印した。そして、義輝のことは一先ず放念して、3日後に迫った交渉の準備をこのまま進めるように、残った面々に命じたのだった。

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