第168話 悪人は、新婚旅行に出かける

バルムーア王国の王都テルシフは、人口10万人を抱えるこの国随一の大都市である。但し、今は王国西部地域より、住む家を失った哀れな難民たちが流入していて、推定だが、その数を倍近くまで増やしていた。


つまり、王都テルシフを包囲するロンバルド軍2万の10倍はいるのだから、全員が武器を手に持ち立ち向かえば、数の上では勝利できる計算だ。


「いいか?窮鼠猫を噛む例えもある。全軍に油断するなと伝えよ」


それゆえに、ヒースは伝令を一堂に集めて、各地に展開する部隊の長への伝令を命じた。但しそれは、豪勢な離宮で新妻に膝枕をしてもらいながら発するのでは、全くもって説得力はない。それでも仕方なく出立した彼らであるが、いずれの顔にも困惑の色がはっきりと表れていた。


「弾正様……あの、本当によろしいのですか?」


「ん?遠慮はいらんぞ。おまえは一応我が義妹となったのだから、今宵は泊って行っても」


「いえ、そうではなくてですね……」


だから、先程の様子を見たローザは、いくら包囲戦で暇になったとはいえ、ここで遊んでいてもよいのかと訊ねた。


「別に構わんだろう?ワシらは新婚旅行で来たんだからな」


「新婚旅行って……」


戦争中だと言うのに何を言っているのかと、その答えにローザは呆れるが、ヒースは「大丈夫だ」と言った。


「こうして遊んでいるように見えるがな、ちゃんと手は打っておる」


「それは……?」


飄々と告げるヒースの言葉に、ローザはつい前のめりでその真意を知ろうとすると……突然、ヒースとエリザの姿がぼやけて、瞬く間に別の姿となった。


「は……?」


当然だが、ローザは意味が分からずにこれは一体どういうことなのかと訊ねた。すると、さっきまでヒースの姿だった女は答えた。自分たちは【陽炎衆】という、【揚羽蝶】や【歩き巫女】とは別に作られた裏組織に属し、主に【変身術】のスキルで身を立てていると。


そして、今は本当に新婚旅行に出かけたヒースとエリザに化けて、不在を誤魔化していたのだと言った。


「つまり、わたしたちは影武者だったのですよ」


そう言った女性は、他の者に見られたら大変だとしてすぐにまたヒースの姿に戻るが、当然、ローザは納得しない。


「弾正様とお姉さまは、一体どこに行ったのよ!」


確かに以前、この戦争を『新婚旅行』と言っていた。だけど、ヒースはこの軍勢の総大将なのだ。本当にやってどうするんだとローザは突っ込んだ。


すると、エリザに変身した女は言った。「二人は、王都に行っている」と。但し、それはロンバルドの王都ではなく、すでに蟻の這い出る隙間もないバルムーアの王都テルシフのことをいう……。


「なんで……敵のど真ん中に、総大将が新妻連れて観光に行ったりするのよ……」


「お屋形様は、最後の仕上げをしてくると仰せでしたが?」


「最後の仕上げ?」


その言葉にローザは意味が分からずに考え込んだ。果たして何が目的で、二人は王都に潜入したのだろうと。


(敵情視察?いや……その程度の事なら、忍びを使えば事足りそうだが……)


このような変身術を得意とする特殊な部隊を持っているのであれば、もしかしたら、空を自由自在に飛んで城壁など関係なしに出入りできる連中もいるかもしれないのだ。態々、自身が出向くようなことではないだろう。


それなら、一体何の目的で行ったのか……。


「その様子じゃ、おまえらも知らないのだろ?」


「はい。わたしたちのお役目は、余計なことを考えずに、お屋形様がお戻りになるまでの間、台本通りに話を進めることだけですので」


「そうか」


それなら、もうこの部屋には用はない。ローザは二人が帰って来るまでここに滞在するとだけ告げて、用意された部屋に向かうことにした。


何しろ、相手はあの松永久秀なのだ。これ以上考えても答えはきっと出ないだろうと諦めて……ため息が出た。





「へっくしょん!」


「ヒース様?どうなさいました。湯冷めでもされましたか?」


そして、ローザが離宮でため息を吐きながら、宛がわれた部屋に向かっていたちょうどその頃、ヒースとエリザは、王都テルシフの……温泉宿にいた。


「大丈夫だ。たぶん、誰かがワシの悪口でも言っているのだろうよ」


「まあ……それは大変ですね。それくらいでくしゃみをなさるのなら、数分おきにくしゃみをなさいますわ。ティッシュ、足りるかしら?夜も使わなければいけないのに……」


「それは……この世の中、ワシの悪口を言う奴らばかりであふれているということか?」


「ふふふ……さて、どうなのかしらね?」


さらにいうと……本当に新婚旅行を満喫していたのだった。

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