第167話 悪人は、勝利のために布石を打つ

明け方に、国境の町ストラウスを好き放題に蹂躙したヒース率いるロンバルド軍は、夕方には別の町をまた蹂躙し、そこから後続の1万余の軍勢が追い付くまでの5日間に、12の町と40を超える村をまたまた蹂躙した。


「閣下。この近くにあるシャルローの領主が降伏を申し入れてきましたが……」


そして、意図的に逃した住人たちの口によって運ばれた悲惨な体験談は、あっという間に周辺領へ拡散して、近隣諸侯の行動に影響を与えた。無論、それでも抵抗の意志を示して戦う者もいたが……多くの者はこうして素早く降伏の使者を送ってきたのである。


「降伏の条件は、武装解除と兵糧の拠出で構わないでしょうか?」


「ああ、構わん。但し、脅しておけよ?裏切ったら、徹底的に殺るってな」


「かしこまりました」


最近、秘書官に起用したクルトが恭しく頭を下げて、命令を遂行するために部屋を出て行った。彼は、ローゼマリーらの叔父で、当初は世話係にするために連れてきた男だが、意外に使えるので、ヒースは何かと重宝していた。


なお、ヒースが諸侯らの降伏を受け入れるのには理由がある。あまり追い詰め過ぎて、諸侯らが結束して抵抗に出れば厄介なことになると考えているからだ。


「王都に残る守備隊は3千余り。だが、諸侯らから兵を募れば、あと1万は集められるか……」


手元には、【揚羽蝶】から上がってきた報告書がある。ロンバルド軍は2万余であるから、それでも数における優位性は崩れることはないが……手間取っている間にルイ王が戻り、体勢を立て直すようなことがあれば、勝機を失いかねないと考えていた。


「エーリッヒよ。ルイ王は生きて国境を越えたというのは誠か?」


「はい。ラバウス峠をどうにか越えたようで……現在は、廃墟と化したストラウス辺りを北上しております」


エーリッヒは、風魔法で空から観察した内容を包み隠さずに報告した。すると、ヒースはこのバルムーアの地図を広げて場所を確認した。


「ストラウスを……北上か」


指でなぞりながら、その向かう先をヒースは確かめた。道は、王都テルシフに通じていた。


「どうします?わずか37人ですから、サクッと殺れちゃいますが?」


「いや、王都に向かっているのだろう?それなら構わん。行かせてやれ」


「えっ!?いいんですか!」


その思わぬ回答に、エーリッヒは驚いて訊き返したがヒースの答えは変わらない。殺せば新たな王が立ち、どう情勢が変わるのか予測ができなくなるのだ。それゆえに、本当にこのまま王都に向かうのであれば、何も問題はないとした。


「いいか、エーリッヒ。このままルイ王を王都に入らせたとする。それで勝てると思うか?」


「え……?」


エーリッヒは本当にわからなかったのだろう。不思議そうな声を上げてヒースを見た。だから、ヒースは仕方なく丁寧に一から説明することにした。


「なあ、エーリッヒ。王都には今、3千の兵しかいない。対して我らは2万余だ。それはわかるよな?」


「はい。ですから、王都に入られてしまえば、勢いづくのではないでしょうか?」


この数の優位性を保つためには、それでは困ることになりやしないか。そのことを心配して、エーリッヒは返答した。しかし、ヒースは一笑に付した。「3千の兵が勢いづいたところでたかが知れている」と。


「それに、援軍のあてはあるのか?兵糧はそれまでもつのか?」


「そ、それは……」


ヒースの追及に、エーリッヒは言葉を詰まらせた。先程この部屋から出て行ったクルトが対応を相談していたとおり、今、バルムーアの諸侯らは先を競って降伏の使者を送ってきているのだ。絶対とは言わないが、援軍の期待は現状のままだと薄いと理解した。


そして、兵糧の方もローザが上手く取り計らったことを知っている。元々王都に教団の支部があったこともあり、買い占めは速やかに行動に移されたという。彼らは地方から追い立てられて入城する住民らと入れ違いに、買い集めた食料を持ってすでに郊外に逃れていた。


「仮に、ワシがこの国の王であるならば……」


ヒースは言った。王都などを目指さずに、まっすぐ東に向かっていただろうと。


「そうすれば、最低でも1万はかき集められるだろう。もしかしたら、シューネルト領から逃げ延びた残兵も合流するかもしれない。そのうえで、我らの後背を封鎖すれば……」


地図に石を置きながら、兵糧攻めをされるのは自分たちだとヒースは口にした。


「つまり、ルイ王が王都に向かうということは……」


「我らにとっては僥倖以外に考えられないということだ」


だから、くれぐれも邪魔をしてはならないと、ヒースは厳命したのだった。

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