第166話 悪人は、苛烈に隣国へ侵攻する
「閣下。どうやら、上手く行ったようですよ」
風魔法でひとっ飛び。堰き止めていた水の向かった先、下流の状況を見に行ってきたエーリッヒが戻って来るなりヒースにそのように報告した。煌々と灯っていた松明の灯が悲鳴と共に消えて、その悲鳴がやがて消えても、灯が復活することはなかったという。
無論、だからといって全滅したと考えるのは早計であろう。実際に岸に何とか泳ぎ着いて、生き延びる者もそれなりにいるはずだとヒースは予測していた。だが、その者たちが再び武器を持ってロンバルドに向かうことができるかと問われれば、否だと判断していた。
例えルイ王が健在で、不屈の闘志を燃やして全軍に号令をかけたとしても……戦うのは兵士であり、彼らはまた人間なのだ。命があることを感謝して、そのままバルムーアに戻る道を選ぶだろうと。
それゆえに、ヒースはシューネルト領にいたバルムーア軍は事実上壊滅したものと考えて、次の指示を全軍に下す。
「では、我らはこれより尾根沿いの間道を抜けて、ラバウス峠を目指すこととする。そして、そのまま一気にバルムーア領へ」
今から向かえば、おそらく夜明け前に峠に到着するだろう。そして、そのときバルムーアの人々は、シューネルト領で何が起こったのかを知る由もない。最初のターゲットは、国境の町であるストラウスであるが……まさに寝込みを襲うようなものだろう。
「作戦を開始するにあたり、諸君にワシから言うことは一つだ。遠慮するな。略奪だろうが、放火だろうが、人攫いだろうが、女子供への暴行だろうが、思う存分欲望のままにやってくれ。但し、どの町でも王都へ通じる門は開けておけ」
そうすれば、苛烈に蹂躙すればするほど、悪評は人々の口に乗って行く先の町に広がり、我先に王都へ駆け込んでいく道が出来上がるはずだとヒースは言った。そして、パンパンに膨れ上がった王都に兵糧攻めを仕掛けると。
もちろん、この場にいる王都から来た将軍たちも、東部から集まった諸侯らからも反論は上がらない。事前に説明済みであるが、ヒースがぶち上げた『略奪等OK』の作戦は、彼らのハートを鷲摑みにしていたのだ。
つまり、あとは突き進むだけだった。ヒースらロンバルド軍の先遣隊8千騎は、目論見通り夜明け前にラバウス峠にその姿を現して、そのまま東に向けて坂を下りバルムーア国内に押し入った。そして、その先頭に立つのは、エーリッヒだった。
「ん?あれはなんだ……?」
「味方か?しかし……戻ってくる予定にはなっていないぞ?」
「待て……あの旗は……」
ストラウスの町を囲む城壁の上で、次第に近づいてくる一団の正体に気づいた兵士たちがまずは大声で「敵襲だ」と叫んだ。だから、城門付近にいた兵士たちは、信じられない気持ちを抱きながらも、急いで門を閉めようと動き出す。しかし……
「残念でした!ちょっとだけ遅かったね♪」
風魔法で加速したエーリッヒが城門を締めようとしていた兵士たちの首を狩って、その動きを止めることに成功。後から追いついてきたロンバルド軍の将兵は、そのまま城内へと押し入った。
「皆の者!奪え!犯せ!燃やせ!」
それは誰が言ったのかわからない。だが、城内に入った兵士たちは、城門付近で守備隊を殲滅すると、いくつかのグループに分かれて手あたり次第欲望のままに行動し始めた。そのため、あっという間に辺りは阿鼻叫喚の地獄と化した。
「あなたぁ!!助けて!!」
「ま、待ってくれ!妻を連れて行かないでくれ!!」
「頼む!それは母の形見なんだ!見逃してくれ!!」
「ママぁ!!死んじゃやだよ!!ねえ、目を開けてよ!!」
城内に入り、まっすぐ領主館に兵を進めるヒースの耳にも、当然この悲惨な叫び声は届いていた。だが、彼は眉一つ動かすことはしない。目的を果たすためには、いつの世も、どの世界でも、犠牲はつきものなのだと彼は知っているのだ。ただ……
「……ルイーゼはおるか?」
「はっ!ここに」
「悪いが、【揚羽蝶】を動員して、ここの連中に逃げることを教えてやってくれ。東の門は手を出さないから、早く逃げるようにと」
「承知しました。では、早速そのように……」
これは作戦である以上、この町の住人にはより多くの者に逃げてもらう必要があるのだ。だから、その流れを加速させるための手を密かに打つ。
もっとも、逃げた先ではここよりもっと凄惨な地獄が待っているのだ。それゆえに、果たしてどちらが幸せなのだろうかと、指示を下した後で思うヒースだった。
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